夢話-夢小説の間-





沈黙の歌姫 〜序〜







『今独唱マーメイドコンテストの最優秀者は…東高二年B組、さんです!』

 アナウンスの声にの周りがどっとわく。
 やったね、と声をかけてくる友達に笑顔で答えながら、彼女はステージに上がった。

「おめでとう」
「ありがとうございます!」

 満面の笑みでトロフィーを受け取る。
 歌が好きで好きで、小さい頃から歌の教室に通った。
 賞を取る事なんて考えてなかったけど、今回大会に出て、実力を認めてもらえて本当に嬉しかった。





 コンテストの帰り道。
 もう季節は秋で、日が落ちてので流石に少し暗くなってきた。
 の片手には今日貰った光るトロフィー。マーメイドコンテストにちなんで人魚がくっついているのが可愛らしい。

「寒いなぁ…。帰ってからゲームできるかなぁ」

 は大の歌好きであると共に、大のゲーム好きでもある。
 最近のはまりものはテイルズオブディスティニー。2の絵が綺麗だったからプレイしてみたら1の方も気になって…というやつである。

「後はあのふざけた野郎をぶっ飛ばすだけなんだけどなぁ〜」

 ふざけた野郎=ミクトラン=ラスボスである。
 その手前の先頭を目の前に、はなかなかストーリーを勧められないでいる。きっと誰もが経験するであろう。

「流石にリオン、生き返らないよね・・・」

 既にディスティニー2をクリアしているにとって、結論は分かっているのだ。
 彼が死ななければ、ディスティニー2のストーリーは生まれない。

『救いたい?』
「!?」

 いきなりどこからか声が聞こえ、はあたりを見回した。
 いつの間に知らない道に入っていたようだ。
 否。
 知らない道に入ったのではなく、周りが暗くなっていた。

『彼を、リオン・マグナスを救いたい?』

 声は闇の中に響いた。
 その声は不思議とどこかで聞いたような声だった。
 それと共に、この声は信用できると、幻ではないとは確信していた。

「救える、の?」
『貴女のもっとも大切なもの。その声を条件に』
「声、を…?」

 小さい頃から一生懸命だった歌。
 声が無くなれば歌えなくなる。
 しかし、もし、もしも。
 運命を変えられるのならば。
 神の悪戯のようにしか思えないあの運命を、己の手で変えられるのならば。

「……彼を、救えるなら」

 は真っ直ぐ闇を見据えて言った。

『ならば導く。彼の世界へ』

 暗闇はを飲み込む。
 意識はそこで途切れた。





 
 ――――ピチャリ

 頬に何かが当たる。
 うっすらと目を明けると、視界に飛び込んできたのは見渡す限りの石壁。次にに与えられた感覚は冷感。
 ふるり、と身体を震わすと横たわっていた自分に気づく。
 ゆっくりと身体を起こすと周囲の状況も段々と視界に入ってきた。
 どこかの遺跡のような所だった。
 周りは石造りで、水がの周りを問わず滴っている。

「(ここは・・・)」

 声に出そうとしたが、代わりに出たのは乾いた空気の音。
 何度声を発そうとしても無理だった。
 声と引き換えに。
 そうあの声は言った。

「何者だ!」
「っ!!」

 大声に驚いき声のした方を向く。
 例えるなら中世ヨーロッパにいたであろう兵士のような格好の人々が大勢いた。
 その中の一人が前に進み出た。

「ここはセインガルトが治める領域である!」
(セインガルト・・・?ってことはやっぱりディスティニー!!)

 セインガルトはゲームで出てきた王国の名前だ。
 不思議な声の言った通り、ディスティニーの世界にいるようである。
 しかし、もしかしたらドッキリかもしれないと心の隅では思う。この状況では可能性は低くはないが、誰かがコンテストのお祝いにドッキリでも仕込んでくれたのではないだろうか。

(……ないな)

 まず、声が出ないという時点でありえない。
 そしてこの状況――石造りの遺跡、滴る水、中世騎士、突きつけられている最中の剣――がありえない。

「何も言わぬという事は侵入者か!」
「(言えないんじゃなくて言えないんです!!!)」

 声を返そうとしても、口がパクパク動くだけ。
 弁解しようにも出来ない。
 兵士はそれをいぶかしげに見るだけで、しかし剣をしまおうとはしない。

(まずい)

 このままだと彼に会う前にここでの物語が終わってしまう。
 半分死を覚悟したその時。

「待て」
「ミライナ様!」

 凛とした、女の声が石造りの壁に反射した。
 どこかで聞いたような名だとは兵士たちの視線の先を追う。

「このような少女一人に剣を向けては怯えてしまうだろう」

 そう言って前に出てきたのは上流階級を感じさせる優美な女だった。
 彼女は座り込んでいるの前に跪き、視線を合わせてにこりと笑った。

「大丈夫?貴女は何故ここに?理由によっては拘束も考えなければならない」
「(こ、拘束だなんて勘弁!)」

 は口を開いて弁解し、ヒュッと掠れた空気の音に声が出ないことを悔しく思った。
 左右を見て何かいい物がないかと探す。が適当な物が見付からない。
 仕方なく床に指で文字を書く。
 何度か同じ事を繰り返してると相手が、が喋れない事に気付いたようだ。

「貴女は……喋れないのだな?」

 ミライナさんの言葉に私は思い切り首を縦に振った。

「名前は?」

 問われてまた床に文字を書く。

「……、か……。どこから来た?」

 どこから……とは一瞬思案した。しかし、流石に異世界と言って信じてもらえるわけが無いだろうという結論は瞬時に出た。
 ならばここは一つ、定番ながら記憶がないという事にした方がいい。
 そう判断し、は首を横に振って分からないという意思を伝えた。

「…ここがどこだが分かるか?」

 その問いにも首を横に振る。
 ワールドマップは頭の中に入っているつもりだが、このような遺跡はイベントに含まれていなかったせいか現在地は全く持ってにはわからなかった。
 もしかしたらこの先出てくるレンズハンターの鬼が盗難を働いた遺跡かもしれない。だが、序盤のことは既にの頭になかった。
 分かるのはセインガルト王国領内の何かの遺跡だということ。

「もしや記憶が無い?」

 今度は縦に首を振る。

「そうか……。では私たちと共に城まで行こう。
 ひとまず医者に見せた方がいい。彼女を丁重にお連れしろ」
「はっ!」

 ミライナと呼ばれた女の言葉一つで兵士達が敬礼を返す。
 それだけすごい人物なのかと記憶をたどるの頭に次々と浮上した単語があった。セインガルト、七将軍、紅一点の――ミライナ・シルレル。

(将軍様だったっ)

 不覚にも忘れていたことにファン心を少々傷つけられたであった。





 馬車がガタゴト揺れる。
 車酔いはしないほうではあったが、車輪にゴムがないらしいこの馬車はかなり揺れる。はっきり言っては気持ち悪くなっていた。
 無意識にエチケット袋を探してしまう自分の目に、諦めろと呟く自分自身がいることを自覚する。

「モンスターだ!」

 がダウンしそうな時、兵士の一人が叫んだ。

「貴女はここに」

 ミライナはそう言うと馬車を――ちなみに今は走行中である――飛び降りた。しばらく滑走して馬車は派手に止まる。

(マジで吐きそうなんですがっ)

 ミライナの出て行った方向を見つつも、ぐったりとする
 ふと目に入ったのは馬車の降り口にいる兵士の後ろに迫ったモンスター。

「(危ない!!)」

 体が自然と動いた。
 の手は馬車にあった槍をとり、兵士が気付いていない背後のモンスターの頭に突き刺した。
 驚く兵士達をそのままに、は、否、の体は勝手に馬車を飛び降りて戦闘に参加していた。

(ちょっとちょっと!?なんなのこれ!?)

 混乱し、状況についていけない頭。
 だが、確実に目の前に現れるモンスターをなぎ倒していく体。
 言うならば、がゲームのキャラクターとなり、誰かプレイヤーが別にいて彼女の体を動かしてるのと同じ感覚だった。
 間違いなく自分よりもプレイの仕方がうまい事は確かだという感覚しかは持てなかった。

(なんでぇ!?)

 ふっと、体に感覚が戻った。
 周りはモンスターの死骸だらけで、もちろんほとんどをが仕留めていたのは言うまでもないだろう。

「ありがとう。おかげで怪我人を出さずに済んだ」

 声をかけてきたのはミライナ。
 何か、体術の心得でも?と尋ねてくるミライナには首を横に振って答えた。分かるわけがない。

「記憶は無くても体が覚えているのかもしれないな……」

 独り言のように呟いたミライナの言葉には首を振りたくなった。
 一介の女子高生にこのような馬鹿恐ろしい能力が備わっているわけがない。

(――でも。これで神の眼の騒動に参加できるかも?)

 誰がを動かすプレーヤーなのかは定かではない。
 あの変な声の主かもしれないし、ただ単に戦闘になるとそういう能力が発動するシステムなのかもしれない。

「さぁ、もうすぐだ」

 ミライナの声に促されては再び馬車へと乗り込んだ。







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2007.01.19