沈黙の歌姫 〜逢〜
ある日、いつものようにヒューゴに呼び出されたリオンは書斎へ向かう。ノックをし、扉を開けるとヒューゴと見知らぬ女がいた。
年はリオンとさしてと変わらないだろう。黒髪に少し茶の入った瞳。衣服はそれなりに上等な物。だが、どこかアンバランスで変な女だった。
「リオン、紹介しよう。彼女は今日から屋敷に住み、君のパートナーになるだよ。
、彼が先ほど説明した客員剣士のリオン・マグナスだ」
そう言うとヒューゴの隣の女はリオンに頭を下げた。さらりと彼女の黒髪が揺れる。
リオンはそれに一瞥をくれ、ヒューゴに目線を移す。
「ヒューゴ様。お言葉ですが僕にパートナーは必要ありません。今のままで充分です」
「ふむ。彼女の事を聞いてたことはないかね?」
「は?」
リオンの訴えを無視し、彼は言葉を進める。
「あの七将軍の秘蔵っ子だ。ひと月ほど前にミライナ殿が少女を拾ってきてたそうだ。記憶喪失でね、声も出せないそうだがなかなか筋があるらしい。
ただ、城では言葉が使えないと不自由だろう?だから私が個人的に雇う形にしようということで話をつけてきたのだ。もちろんただというわけにも行かないから客員剣士の補佐としてね。
これは決定事項だよ、リオン」
「わかりました」
リオンに決定権は無い。
これもいつものことだった。
(この女も駒にするつもりか)
リオンの返事にヒューゴは満足そうに頷く。
「あと、武器屋に注文していた品があるそうだから一緒に行ってあげなさい」
「……はい」
(僕にパートナーが必要なんじゃなくて、こいつにパートナーが必要なんじゃないか?)
「行くぞ」
それだけ言ってリオンは先に書斎を出た。
はヒューゴに向かって一礼するとリオンの後を小走りで追いかけた。
(まぁ、機敏な所はわずらわしくなくていい)
そんな事を考えながらリオンは屋敷を出て武器屋に向かった。
人通り多い中、リオンは人の間を縫うようにさっさと歩き、は一生懸命その後を追いかけた。どうやら彼は振り返ることをしないらしい。
武器屋に着くとリオンはさっさとしろというように顎で促した。はカウンターに進み、注文のメモを差し出す。店主はそれを読むと大慌てで奥にとりに行った。
メモはミライナがに持たせてくれたもので、少し前から武器屋に注文をしていてくれていたらしい。
「どうぞ」
「(わぁ……)」
出された物は長い棒の先端部分に滑らかな刃がつけられている薙刀だ。
さすが特注とあって見事な細工が施されている。
思わずは声を上げた。……つもりだったがもちろん声は出ない。
女がこんな重いものを扱えるのかと、リオンが横目で見ていると彼女は軽々とそれを持ち上げた。重さを確かめると嬉しそうに頭を下げる。
「軽めの金属で出来ていますから一兵士の使うものとは格段に軽いですよ」
「(あとでミライナさんにお礼言わないとだ)」
口だけが動く。
「おい、行くぞ」
「(どこへ?)」
リオンの声がしたかと思うと、もう彼は店を出ていた。
は店主にもう一度頭を下げ、リオンの後を追う。
外に出ると空はオレンジに染まっていた。。
そういえば、とは思う。リオンにはまだ「行くぞ」以外の声をかけられていないような気がする。
(出来れば仲良くなりたいんだけどな)
むぅ、と顔をむくれさせ、前を行く背中を睨む。そして歩みを早足に変更した。
頑張って追わないとリオンを見失ってしまう。彼はゲームと変わらずなかなかに手厳しい。
がリオンに何とか追いついたとき、既に屋敷の目の前に帰ってきていた。
「ここが今日からお前の部屋だ。
何かあったらメイドにでも言っておけ」
は踵を返して撤収しようとするリオンのマントを咄嗟に掴む。
嫌そうにこちらを振り返ったリオンは、何だ、と不機嫌に言う。
は服の胸元から紙を取り出すとペンでさらさらと何かを書き、リオンに差し出す。
渋々受け取り紙に目を走らせる。
『(ありがとう。これからよろしくね!)』
顔を上げればにっこりとした笑み。
「ふん」
マントが離されている事に気づくとリオンは鼻を鳴らして去って行った。
「(極限的に、愛想が無い……)」
思いため息をついては自分の部屋といわれた扉を開ける。
「(でかッ!!)」
目の前の光景に思わず口を開きっぱなしにしてしまう。
が考える普通の家のリビング位の広さであり、風呂もトイレも洗面台もついている。至れり尽くせり。
スゥウィ〜トルーム。
一言で表してしまえば(馬鹿馬鹿しいながら)それだった。
「(広い〜〜ッ!!)」
ひとまず部屋に入って一番に何をするか。
当然決まっている。
扉を閉め、駆け足気味にベッドに向かい、直前で床を蹴る。
ベッドにダ〜イブ!
想像した通りのふかふかで柔らかな布団がを包む。
ごろごろごろごろと効果音も出てきそうなくらいベッドに寝転がる。
「(幸せ〜)」
気持ちよさに瞳を閉じるとそのまま眠りの世界へと誘われていった。
「――――様、様」
誰かの呼ぶ声には薄っすらと目を開ける。
整った顔立ちの女が覗き込んでいる。
(だ、れ?)
「様、お目覚めですか?」
ゆっくりと身体を起こし、自分を呼んでいた人を上から下まで観察する。
流れるような黒髪に、ちょこんとのった白いカチューシャ。微笑んだ顔は恐ろしいくらいに美しく、胸元の白ブラウスに映える黒のリボンが可愛らしい。ゆったりとした黒のワンピースに白いフリルのちりばめられたエプロン姿。
(――メイド!?!?!?!
メ、メイドなんて初めて見たっ、ここどこの喫茶店?っていやいやいや!!)
口をパクパクしてはメイドを見る。
よほどおかしい顔をしていたのか、目の前のメイドはくすくすと笑い始めた。
「お初にお目にかかります。私、この屋敷にメイド長として勤めておりますマリアン・フュステルです」
優雅に頭を垂れる女を見て、なるほど、とは納得した。
リオンでなくても、男でなくても惚れてしまいそうな美貌に淑やかな居立ち振る舞い。
(この人がマリアンさん……)
「夕食の用意が出来ましたのでご案内いたします」
「(よろしくお願いします)」
ベッドから降りていつの間にか脱げていた靴を履く。
寝癖になっていないか鏡を見て手ぐしをかけていると、マリアンはどこに持っていたのやら、くしを取り出し簡単にの髪を梳く。
「(ありがとうございます)」
動くことしか脳のない口を動かしにっこりと笑う。しかし、それでも彼女には通じたようだ。やわらかい笑みで微笑み返された。
それからどでかい屋敷の中を右へ左へ下へとマリアンの後についていく。
(こいつは迷子になりそうだ☆)
案内されているの顔は引きつっていた。
「こちらが食堂になります。夕食と朝食はこちらで皆様とお召し上がりください」
皆様、という言葉にまさかと思いつつ一緒に扉をくぐる。
テーブルについている面々には自分の予感が的中したことを悟った。
ヒューゴ、レンブラント、リオン、そしてその彼の隣に空席がひとつ。
(いやん、豪華面子♪)
心の声と裏腹に心情はこの場にいてもいいのだろうかと冷や汗たらたらである。ミライナに世話になっていた頃は女兵士用宿舎にいたので修学旅行気分だったが、ここはそうは行かないらしい。
まず、その横長のテーブルを4人だけで使うという発想が考えられなかった。
「ああ、、先に始めさせてもらっているよ」
ヒューゴの断りの言葉にぶんぶんと首を振り構わないという意思を伝える。
が席に腰を下ろすとすぐに料理が出された。
ハンバーグがメインのおかずで、バランスの取れていそうなサラダが添えられている。見知った料理が出てきてほっとし、続けてそういえばテイルズ系には料理システムはつき物。そしてそれも中身は身近なものであることを思い出し、これからの食べ物に期待を膨らませる。
どうでもいいがマーボーカレーを食べてみたいものだ、とは思った。料理に向かって「(いただきます)」と頭を下げるとフォークとナイフで食べ始めた。
食事は他愛もないヒューゴとレンブラントとの話がBGMで、リオンは始終料理とにらめっこをし、にんじんを器用によけている姿を見つけては微笑ましくなった。
そんなに気づいたのだろうか、リオンがいぶかしげに彼女を見やる。
そっと皿のにんじんを指差してやれば、彼の紫水晶のように綺麗な目がギッとを睨んできた。が、そんなことで睨まれても全然怖くない。
と、彼はの皿に残っている物を見つけると「自分も残してるくせに」とぼそりと呟いた。の皿の上にはちゃっかりブロッコリーが残っている。
はその皿ごとリオンのほうに差し出す。そしてリオンの皿を右手、自分の皿を左手で指し、次にその指を入れ替えた。
「(交換しない?)」
口パクで伝わったらしい。彼はにんじんの乗った皿を見たくもないというようにのほうに押し出し、代わりにの皿を引き寄せた。
そんな様子を目の前のヒューゴとレンブラントが物珍しそうに見て、周りのメイドたちは微笑を浮かべていた。
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2007.01.19