夢話-夢小説の間-





沈黙の歌姫 〜資〜







 夕食の後、結局は自分の部屋に戻れる自信がなくリオンに道案内を頼んだ。このくらいさっさと覚えろとぼやきながらも案内してくれる彼は優しい。リオンの優しい一面に触れることができては嬉しかった。

(やっぱ苦手なものを協力して乗り越えると絆が芽生えるもんだよね!)

 苦手なもの=にんじんまたはブロッコリーを当てはめてもらいたい。
 「着いたぞ」とリオンの声がしては顔を上げる。ずらりと並んだ同じ扉のひとつの前に彼はいた。
 いったいどうしたらこの無限廊下の中の一室が分かるのか教えてもらいたいものである。は明日食堂に行くときには歩数を数えようと心に誓った。

「任務がある。明日の早朝発つ、覚えておけ」

 扉の前で彼は端的に言い放つ。

「(何時?)」
「5時に屋敷の前に出ていないと置いていく」
「(えぇ!?起こしてよ!――って、あれ?)」

 は先ほどから一言も発していない。
 しかしリオンはの言葉にならない口だけの動きにあわせて喋っているようである。

「多少なら読唇術もできる。特に貴様のような単純そうな奴は挙動で充分だ」
「(マジでッ!?)」

 リオン様々である。

「(なんか嬉しいな)」
「間抜けな面をするな」

 にへら、と笑った瞬間、リオンの不機嫌そうな声。

「いいか、貴様は不本意ながら僕の部下だ。自覚を持て」

 言われて気づく。
 そういえばはリオンに出会ってこの方普通にため口を利いていた。城にいたときは音が出ない上誰もの言葉を分かろうとしなかったせいか気にしなかったが、彼は唇を読める。流石にため口は不味いとは判断した。

「(了解しました、リオン様)」
「敬語は長くて読みづらい」

 即、駄目出しが出た。
 敬語が長くて読みづらいということは普通に喋ってもいいということで、遠まわしにため口でいいとお許しが出たのだろう。

(敬語って分かるだけでも十分すごいし……)

 加えてやっぱり素直じゃないんだな、と改めて思ったであった。

「(わかった。おやすみなさい)」
「フン」

 返事なのかそうでないのか分からないが、リオンは鼻を鳴らすと隣の部屋に入っていった。

(隣だったんだ、部屋……)







 朝。何とか起きれたは支度を始める。
 はミライナに渡された仕事着を広げる。わざわざ客員剣士補佐になるのだからと言って寄越したものだ。
 羽織って真ん中をすべて留めればおしまいの至って簡素なワンピース型の制服。形的にはジューダスのスカートバージョンだった。横にスリットが入っているので動きやすさに関しては問題ない。そして、下にはくものが白ズボン。つまり、リオンと同じもの。

(恥ずかしいな、これ)

 いろいろと諦めてはズボンに足を通し、制服を羽織って前をしめる。若草色のマント――丈はワンピースの裾と同じくらい――を羽織り、留め具で固定する。ブーツを履いて薙刀を手にしたらおしまいだ。
 道具を入れる物がないので今度の給料でポーチでも買いに行くことにする。

(この変な能力があると戦闘で怪我しないし別にいいんだけどさ)

 部屋を出てピタリと止まる。

「(……玄関どこだっけ!?)」

 例に漏れず無限廊下は続いている。いっそ窓から飛び降りてしまえば早いのかもしれないが、あいにくの能力は戦闘中にしか発揮されない。下手したら骨折だ。
 そしてもし迷子にでもなったら……確実にリオンの雷が起きるだろう。それだけは勘弁したい。
 
(まだリオンいるかなー?)

 隣の部屋のドアをノックする。確かリオンの部屋のはずだ。
 しばらくしてゆっくりと戸が開く。

「……誰だ?」
「(え!?昨日会ったじゃん!だよ、)」

 顔を出したリオンがやたらと不機嫌そうな顔で睨むのでは慌てて名乗る。彼はの口パク具合にあぁ、と眉間のしわを半分ほど緩める。
 どうやら昨日の姿と制服姿があまりに変わりすぎて一瞬分からなかったらしい。

「なんだ」
「(おはよう!)」

 不機嫌そうなリオンに朝のご挨拶をする。相手は身支度は整っていたようで桃色のマントがないだけだった。
 あいさつはどうでもいいから用件を言えとリオンの顔が言っている。

「(玄関が分からないから一緒に行こう!)」
「……」
「(ごめんなさい、一緒に行かせてくださいお願いします)」

 が言葉を発した瞬間リオンの眉が再び急速に寄る。

「はぁ……少し待っていろ」

 諦めのような深いため息を腹の底から吐き出され、彼はまた部屋に引っ込んだ。
 すぐに出てきた彼はいつもどおりのマントを羽織っていて、腰にはシャルティエが装備されていた。

(何だかんだ優しいんだよなぁ)

「行くぞ」

 と、お決まりの文句を吐いて彼は歩き出す。
 はその後ろについて道順を覚えようときょろきょろしていた。

(まず始めの角を左でしょ。で、次は三つ目の角を右に曲がって、そしたら中央エントランスみたいなところに出るのね)

 案外早く外に出ることが出来た。
 門の前でリオンがちらりとを見る。

「アルメイダの近辺でモンスターが大量発生しているとの情報が入った。今回の任務はその殲滅だ。くれぐれも気を抜くな」

 と言い放ったはいいものの、ここにはリオンとの二人しかいない。門の周りを見てもお供の人らしき影はない。スタンたちをひっとらえるときのように部下を連れて行かないのだろうか。

「(二人だけ?)」
「僕だけで十分だ」
「(え!?じゃあ私は何でこんな早起きを!?)」
「馬鹿か?お前は一応僕の補佐だろう」

 呆れた顔で見下される。実際は大して背が変わらないので下されてはいないが。

(そんなことを言いつつちゃんと連れて行くリオンって偉いよね。
 置いてっちゃえばやっぱり不適任ーってなって客員剣士補佐も解約になるかもしれないのに。まぁ後々面倒なんだろう。色々と)

 リオンの後に続きながらはぼんやりと考える。
 自分から話せないので世間話を振るわけにも行かない。今は考えるだけが趣味となっている。
 城下町を出て草原をひたすら歩く。その内に空が白み始め、日が昇った。
 ワールドマップを歩くときはおそらく時間の都合上数分で次の町に着いたが流石にそれだと全世界はあまりに小さすぎるということになる。アルメイダまでの距離は聞いていないが、早朝に出るということは半日くらいかかって向こうについて、モンスター殲滅の後一泊して帰るくらいだろうか、とは憶測を立てる。

(でも同じ国の中を歩きで半日ってどうよ。
 最悪野宿とかもするんだろうな……)

 戦闘になったときの勝手に最高レベルの動きをしてしまう能力のほかに、は恐ろしいまでの体力があることがこの一ヶ月の間に分かっていた。
 何回素振りをしようと、何回試合をしようと、100人抜きを達成しようと、息切れすら起きない。

(怪しい身体になったもんだ〜)

 さくさく歩くリオンの背を見る。
 桃色のマントが歩くたびに揺れる。

(王子様ルック、ホント似合ってるよなぁ)

『坊ちゃん、来ます!』

 青年の声がに耳に聞こえて、ピタリと前を行く彼の足が止まった。
 ピクリとは自分の身体が動かせなくなった感触に襲われる。
 戦闘モード(命名)に切り替わった瞬間だ。

(――何か来たっ)

 思った瞬間身体が動いた。
 手にした薙刀が横手から襲ってくる鳥型のモンスターを両断する。
 少し離れた所でリオンが狼のようなモンスターを裂いていた。
 そして身体の自由が利くようになってからはモンスターにわずかな間黙祷をささげた。
 と、足元のモンスターの死骸の近くにきらりと光るものを見つけた。しゃがんでそれを取るとは太陽にすかすようにそれを見た。半分が球面状、もう半分が宝石の原石のような粗い削りのある石だった。

(おぉ〜、攻略本で見るより綺麗……)

「(ねぇ、リオン。これがレンズ?)」

 上司に向かっては尋ねる。
 の言葉にリオンは柳眉を寄せた。

「……貴様、レンズを知らないのか」

 そういったリオンには苦笑して首肯した。

「(記憶、ないから)」

 と、いう便利な設定になっている。

「(それに、今までずっとお城の中だったし)」

 オベロナミンCといういささか著作権に引っかかるのかそうでないのかギリギリラインの商品他レンズが原動になっていそうな品物の数々は城でなら見たことがあるものの、レンズ自体はは初めて見た。

「そんなことはどうでも……何を拾っている」
「(え、レンズ)」
「見れば分かる。何故拾っているのかと聞いているんだ」
「(だって綺麗なんだもん、ダメ?)」

 リオンを見てが首を傾げると、彼はいつもの如く鼻を鳴らし、軽く剣を振ってそれを鞘に収めた。それを了承の意ということにして、はズボンのポケットにレンズを入れようとワンピースのような制服をたくし上げた。

「なっ、何をやっているんだ貴様はっ!!」
「(え?)」

 突然の大声にはリオンを見る。
 彼は顔を真っ赤にしてあらぬ方向を向いていた。
 次いで自分の格好を見て、納得する。どうやらワンピースをたくし上げたことが目の前のお坊ちゃまにとって目の毒であったようだ。
 実際、ラインの出る白ズボンはにものすごく似合っていて、お坊ちゃまどころか男性にもかなりの目の毒であることはいうまでもない。

(かっわいい〜)

 口の中で呟く。
 そして次の文句が飛んでくる前にワンピースを綺麗に正した。

「(ほら、この服ポケットなくて)」
「道具入れでも買え!」

 言い訳するようにあははとが笑うとすかさずリオンのツッコミが入った。
 「まったく」とぶつぶつ言いながら歩き出すリオンの後ろをは追いかけた。
 追いかけながらリオンの持つ銀色に光る剣を見る。先ほど聞こえた声は、とは思考をめぐらす。考えるまでもないのだが。彼が持っている剣は後にも先にもひとつだけ。

(やった、マスターの素質あるんだ♪)

 小さくガッツポーズ。
 既に日は高く、そろそろ正午ごろだと思われる。
 の腹の虫がお腹が空いたと悲鳴を上げるころ、二人はアルメイダの村に到着した。







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2007.02.06