夢話-夢小説の間-





沈黙の歌姫 〜悟〜







 船が海上を進む。

「(う〜み〜はひろい〜なおおきいな〜っと!)」

 甲板では口ずさむ。
 船旅をするのは中学校の修学旅行以来だった。
 あの時は内海だけで今ほど揺れなかったが。
 かもめが船の周りを飛び交い、そういえば修学旅行のときにえさをやっていたことを思い出す。

(懐かしい、な)

 戻れるのか、戻れないのか。
 どっちにしても遠い日のことのようだった。

(こんなときにはよく……)

 はそっと口を開く。
 好きな邦楽を思いつくままに歌う。
 この世界の誰にも分からない曲、誰にも聞かれない曲。
 歌っている間だけは、自分だけの世界に没頭できる。目をつぶれば音が出ないことなんて関係ない。自分の出せる音はすべて覚えている。
 音階も、音域も、くせも。

「おい」

 突如崩れる世界。
 話しかけられた方向には振り向く。
 に話しかけてくる人間は彼しかいないのだが。
 
「(どうしたの?)」

 振り返って視界に入ったリオンは、どこか複雑そうな顔をしていた。
 眉が寄っていて不機嫌なのかと思いきや、視線は困ったように彷徨っているし、口はへの字になっている。
 は自分が変な格好をしているのではないかと見下ろしてみる。だが、さしていつもと変わらない格好だ。

「(どうかした?)」

 再び問うとリオンはようやく口を開いた。

「お前、……歌を歌うのか?」

 リオンの言葉には目を見開く。

「当たり、か」

 呟いて彼はの隣に来る。
 船の縁に腕を乗せ、彼は尋ねてきた。

「記憶はないんじゃなかったのか?」

(鋭い……)

 内心苦笑して、はリオンを見る。
 リオンも同様にを見ていた。口を開くのを待っているらしい。

「(記憶はないよ。覚えているのは、歌だけ)」

 はリオンに伝えた。

「(もしかしたら歌う仕事をしていたかもしれない。
  でも、そんな確証はどこにもなくて……。
  声が出たら、空気を震わせて歌えたら、記憶を取り戻せるかもしれないね)」

(声が出たら、なんてあるはずないのに)

 口を動かし終えたの表情は哀愁漂っていた。
 声はこの世界へ来て彼を救うための力と引き換えに失くしたもの。
 だとしたら、この力がある限り、この世界にいる限り、声は出ないだろう。

「……悪かった」
「(え?)」

 小さな声には顔を上げる。
 リオンの気まずそうな顔が視界に入った。
 どうやら先ほどの質問に対してということはも汲み取れた。
 心配をされていると分かると嬉しい。

「(大丈夫)」

 ふんわり微笑んで口を動かす。
 目の前のリオンはさっと顔を赤くすると鼻を鳴らして立ち去った。
 は水平線に視線を投げる。
 上陸する港が見えてきているところだった。









 綺麗な港町。
 それがノイシュタットに着いた直後のの感想であった。

「謝ってよ!」

 ぼろぼろの服を身にまとった少年といかにも裕福な家の少女が道の真ん中で言い合いをしていた。実際は、裕福な家の子供が一方的に絡んでいるように見受けられる。しかし、周りの大人たちは無視。

(そう、だね。ノイシュタットはそういう町だった)

 裕福そうな子供が手を上げる。
 その瞬間、は子供たちの間に立ちふさがった。

「何よあんた!」

 は何も言えない。
 じっと少女を見るだけだった。

「何も言えないの?」
「(手を上げるのはダメ)」

 口からヒュッとかすれた音で少女はが喋れないことを悟ったらしい。
 キッとのことを睨む。

「口も利けない奴が間に入らないで、クチナシ!」

 走り去り様に放たれた言葉にの目が見開かれる。
 心臓が鷲掴みにされた気分だった。
 大分そうしていたのだが、

「いつまで突っ立っている。さっさと行くぞ」

 動かないに痺れを切らしたリオンが声をかける。
 は顔を上げると既に歩き出しているリオンの桃色マントを追おうと足を踏み出す。

「お姉ちゃん」

 呼ばれた声に振り返る。
 そこには先ほどかばった少年がいて、が首を傾げるとすっと花を差し出した。

「あり、がと」

 小さな感謝の言葉には破顔して花を受け取った。

「(どういたしまして)」

 進路方向で早くしろとでも言うようにブーツを鳴らしている少年に気づき、は手を振ると彼の元へ駆け出した。

(ちょっとだけ、イレーヌさんの気持ちが分かる、かな?)

 リオンの後に続き街を横切って辿り着いたのは、レンブラント邸。
 ヒューゴ邸ほどでもないが大きい。流石は世界をまたに駆けるオベロン社の幹部の家。
 見上げたまま呆けているとリオンがさっさと中に入るのでもそれを追う。
 出迎えてくれたのは綺麗なお姉さんだった。

「いらっしゃい、リオン君。それに、ちゃんね?」

 にこやかに微笑む彼女は、自身をイレーヌ・レンブラントと名乗った。
 は会釈でそれに応える。
 の名を知っているということは、ヒューゴから連絡を受けているわけで、更に多少の事情くらいは聞かされているはずである。

(にしても、綺麗な人……)

 どうぞ、と客間に通されながらはイレーヌを見ていた。

(こんな風に笑う人が、あんなことしちゃうなんて、ね)

 悲しい気持ちになる。
 そこまで追い詰められていたのか、と。

「早速本題に入らせてもらうわね」

 2人がソファに腰を下ろすとイレーヌが話し始めた。

「ここ最近、貴族の子供の誘拐事件が多発しているの。
 誘拐犯は複数みたいで……場所はいくつか絞れているわ。
 そこの調査と解決をお願いしたいの」
「(……誘拐)」
「人質の命が優先だ。わかったな?」

 釘を刺されたのだと思う。
 いつもモンスターを感知するや否や駆け出していってしまう能力なのでこればかりは自身でどうにかできるものでもない。今のところ調節できるのはどの敵から切るかくらいである。
 だが、頷いて返しておいた。










 イレーヌに指定された場所をリオンについて回る。
 貴族の家が立ち並ぶ一角で、どこもすぐ脇に入ってしまえば暗い裏路地である。
 と、前を歩いていたリオンがさっと手を上げる。
 停止しろという合図だと理解したはリオンの数歩手前で立ち止まり薙刀に手をかけた。
 リオンの後ろから覗き込むように見る。

「(あ、さっきのクソガキ)」

 まさに犯行現場に遭遇したようだった。
 先ほどの少女が数人の男たちに捕らえられ、担がれているところだった。
 は上司である少年に前を指差し、行くか否かを聞いた。
 リオンはそれに首を振ってノーで応える。
 は頷いた。
 おそらく後をつけてアジトを割り出し一網打尽にする計画なのだろう。

(一網打尽大好きだな、リオン)

 ふとゲーム上で海賊を捕らえる作戦のときのことを思い出す。
 はわずかばかりの胸騒ぎを感じた。

(大丈夫、だよね)

 誘拐犯たちが移動するのにあわせ、二人も移動を開始した。
 街を外れた森の中、男たちを追いリオンとは慎重に歩を進める。
 辿り着いた先は粗末な小屋。
 茂みに隠れ、男たちが入っていったのを確認すると、はリオンのマントを引っ張った。
 不機嫌そうな顔がこちらを向く。

「(応援、呼ばなくていいの?)」

 が口パクで伝えれば、リオンは息をついた。

「必要ない」
「(でも複数犯なんでしょう?)」
「ならイレーヌに報告して来い。
 僕は行く」

 茂みから出て行くリオンを見て、は迷う。
 ここまで来るのに結構な時間がかかった。往復しなければならないことを考え、また自分が方向音痴であることを考慮に入れると戻るのは得策ではない。
 何より、リオンを一人で行かせるのが躊躇われた。
 そして……、

(……人も、モンスターと同じように、殺しちゃうのかな…)

 自分の手を見下ろす。
 数々のモンスターを瞬殺してしまう能力。それはおそらく人も同じで。
 日本社会で平々凡々と生きてきたに、他者の命を奪うということが課せられたことはないし、もちろん、身近で人が死ぬという自体に遭遇したことすらない。

(……何のために、ここにいるの、私!
 運命を変えるために、そのために、ここで逃げるわけには行かない)

 唇をかみ締め、こぶしを握り締める。
 声を失った。この世界に来た。すべては運命を変えるために。
 は薙刀を手に取ると、茂みから出て彼の後を追った。
 リオンは見張りを気絶させていて、が追いつくのを見るとふん、と鼻を鳴らす。

「行くぞ」

 シャルティエを手に中に入っていく彼を追った。







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2007.08.12