夢話-夢小説の間-





沈黙の歌姫 〜救〜







 誘拐犯たちのアジトは簡素なものだった。
 恐らく元々はただの山小屋だったのだろう。あちらこちらにボロが見え、しっかりした造りでないのが伺える。
 は足音を忍ばせながらリオンと共に慎重に進む。
 ふと、耳に子供の泣き声が届いた。
 先を行くリオンのマントの裾を捕まえ、ゆるく引っ張った。
 振り返ったリオンはいぶかしげな顔をしたが泣き声に気付くと辺りを見回した。

「(あそこから聞こえる)」

 が指差す先にはドアが一つ。見張りはいないか、もしくは部屋の中といったところか。

「僕が誘拐犯どもを引き付ける。お前はその間に子供を外へ連れ出せ」

 頷いて二人は行動に出る。
 扉の前まで慎重に動き……リオンが扉を確かめる。ゆっくり力を入れるが動く気配はなく、鍵がかかっているようだ。
 壊すのだろうとは検討をつけ、薙刀を握り直した。
 リオンが行くぞ、と目で言い、は目を合わせ頷く。リオンがシャルティエを構え、振り被った。

 ギィンッ

 シャルティエの刃がドアを切り裂く。

「行け!」

 ドアから飛び出す。
 部屋に入った瞬間目を走らせて部屋の構造と子供の位置を確認する。

(犯人は4人、窓はなし、あの娘は――)

 部屋の一番奥に少女を認めると、は迷わず走った。
 奇襲を受けた犯人たちは驚きのあまり一瞬の隙ができていた。それが効を制した。

「(おいで!)」

 薙刀を持っていない方の手で少女の手を掴む。少女がつんのめりそうになったが今は気にしていられない。
 男たちは体勢を立て直していたのだから。

「何だ貴様ら!」

 出口に向かって走り出そうとするたちに刃が襲ってくる。
 それを受け止めてくれるのはシャルティエの刃。
 そしてリオンが受け止めきれない攻撃に反応するのはやはり薙刀を持っている利き手。
 部分だけ戦闘モードに入っているのか、利き手だけが思ったように動かせず、攻撃を弾き、受け流す。

(案外器用なことできるんだ)

 感心しながらも走り抜ける。
 部屋を出る間際、走りながらもちらりとリオンを見やる。
 特に苦戦することもないみたいで、大丈夫そうなことを確認した。
 外に出て先ほどまで隠れていた茂みに少女を茂みに押し込んだ。
 は胸元から紙を引っ張り出して筆を走らせ彼女に渡す。

『(ここで待ってて。出てきちゃダメだよ?)』

 読み終わった少女と目を合わせはできる限りにっこりと笑う。
 そして親指と人差し指でわっかを作り、首をかしげる。少女は暫くした後こくんと頷いた。
 それを確認して、は駆け足で小屋へ戻る。

 嫌な予感がした。

 リオンなら大丈夫だと、確かにそう思うのにの胸騒ぎは止まなかった。
 先程の部屋に近づくにつれ、金属音――武器同士がぶつかり合う音が激しくなる。

「(リオン!?)」

 複数人に囲まれたリオンがそこにいた。
 けれどその人数に引けをとることなく彼は戦っている。
 の気配を感じ取ったのか彼はちらりとこちらを向く。は無事連れ出した旨を親指を立てて前に突き出すことで知らせる。
 一瞬、頷いたように見えた。
 シャルティエが煌めく。
 次々と自分よりも大柄な男たちを沈めるリオンに思わずは感嘆を漏らす。
 だが。
 リオンの背後に倒したはずの男が起き上がるのが の視界に入る。
 男の手には剣があり、リオンは彼に気づいていない。
 男が剣を振りかぶる。
 戦闘モードとは全く別に身体が動いた。
 足が地を蹴り、リオンに精一杯腕を伸ばす。

 舞い散る鮮血。

 鮮やかな赤が、の目に焼き付いた。
 次いで襲ってくる鋭い痛み。

「(っつぅ……)」

 腕を押さえてしゃがみこむ。

(痛い、痛い痛いっ)

 刃物で斬られることのなかった身体が悲鳴をあげる。

「こいつっ!邪魔しやがって!!」

 男の標的がに移った瞬間だった。
 身体から痛覚が抜け落ちる。攻撃を受けたとき手放した薙刀を、傷を負った手が掴んだ。
 男が剣を降り下ろしたそのとき。

 バキィィィンッッ

「な、んだ…と……?」

 剣ごと、男はまっぷたつに割れた。
 地面に崩れ落ちる生々しい音。
 手に伝わる、人を殺したという確かな感触。
 はペタンと座り込む。

「(あ、ああ……)」

 手を血が伝う。
 自分のものか、他人のものかわからない。
 身体がカタカタと震えだす。

 殺した、人を、自分の手で。
 の頭は真っ白になった。
 ただ広がる赤に目を奪われ、震え続ける。

「――い!おい!!」

 震えるをリオンが揺する。
 虚ろな瞳が宙をさ迷い、リオンを捉えた。

「(リ、オ……?)」

 わずかにの唇が動いたのを確認できた瞬間、彼女の身体はぐらりと崩れた。倒れる前にリオンがそれを支える。
 カラン、との手にあった薙刀が地面に転がった。

「ちっ……、おい!起きろ!!」

 怒鳴るがピクリとも動かない

『人を殺すのは……初めてだったみたいですね』

「………」

 シャルティエの言い分に頷きかけて、ふと違和感を持った。
 男を殺した刃の軌跡を見る限り、咄嗟と言うようには見えなかった。初めて人を殺すなら、まず斬る前に躊躇するはずだ。

(人を斬ったことが、……あるのか?)

 だが、それにしては気絶するのはおかしな話である。
 思案しかけた思考を止めたのは彼女の腕から滴る血。
 傷を確認すれば、出てる血液から想像していたものより浅いことがわかった。
 手早く応急処置を施す。

(どちらにせよ、本人が一番分かっていないようだがな)

 かち合った瞳に移された色は混乱。
 彼女に何を問うても恐らく答えは返ってこないだろう。
 と、わずかにのまぶたが動いた。
 ゆるりと目を開けるにリオンはため息をつき、立ち上がった。

「……さっさと起きろ」
「(あ、ご、ごめん)」

 は赤く染まった自分の手を見下ろす。
 ふるふると頭を振ると唇をかみ締めた。
 転がったままだった薙刀を手に取り立ち上がる。

「あの子供は?」
「(外の茂みにいる)」

 いつものように半歩後ろにつくにリオンは一瞥をくれる。

「(なに?)」

 顔色が悪いのは一目瞭然だった。
 しかしいつもどおりに振舞おうとする姿も見て取れて、結局リオンは何も言わずに彼女の後方の男たちに目を向けた。

「お前たち、逃げ出そうとは思わないことだな」

 恐怖にすくんで動けない彼らは頷きさえ出来ずただ震えていた。
 人ひとりを真っ二つに両断してしまったのだから、その力は化け物以外の何物でもない。
 少しでも の近くに寄りたくないとばかりに後づさっている。
 リオンは鼻を鳴らすとマントを翻す。

「引き上げるぞ」

 歩き出すリオンの後ろをが追いかけた。





 水がタイルに打ちつけられる音を耳に、頭から髪を伝い頬から流れていく水を目に、腕に残る痛みを感じながらはため息を吐き出した。
 イレーヌの屋敷に帰ってすぐにはシャワーを借りた。と、言うよりイレーヌに押し込められた。
 確かに血の匂いが取れず、髪もべたべただったのではありがたくシャワーを浴びているのだ。

(殺し、ちゃったんだ……)

 いつかはしなければならないことだった。
 仕方のないことだった。
 けれども、そういう理由で納得してはいけない。

(分かっているけれど、納得できない)

 おそらく、の中の自責の念は消えないだろう。
 だが、だからといって今立ち止まるわけには行かない。

(今は、それで……いいよ、ね)

 答えは出ない。無理に出そうとは思わない。
 今は、それでいい。
 そう結論付けると、はシャワーの蛇口を止めた。
 客間の浴室から上がり、はそのままの姿でベッドに腰掛けた。

「おい、入るぞ」

 リオンの声。
 はっとして、は自分の姿を見下ろす。
 分かりきっていたことだが湯上りでまだ服も着ていない。
 キィっとドアは音を立てて開き始めている。

「(え、ちょ、まっ!!)」

 慌てて声を出すが、ひゅっと空気がなるだけで、とにかくは近くにあったタオルで前を隠した。
 それと同時に扉が完全に開く。

「なっ」
「(出てって!)」

 見る見る内に顔を赤くしていくリオンには怒鳴ったつもりだがもちろんこれも声にならず。
 タオルを押さえていないほうの手を出て行くようにとしっし、と払う。
 我に返ったらしい彼はハッとすると急いで部屋を出て、バタンと戸を閉めた。

「か、鍵くらいかけろ!!」

 まったくもってその通りである。
 しかし、いきなり扉を開けるほうにも問題はある。
 言いたいことは山ほどあっただが、扉一枚隔てた彼には声が出ないので反論のしようもない。
 むくれながらも服を着ると扉をそっと開けた。

「(何?)」

 尋ねてみるが返ってきたのは無言。

『ほ、ほら、坊っちゃん』

 シャルティエがフォローらしきものを入れるも坊っちゃんは更に無言を押し通す。
 無言が続きそうだったのではそのままとを閉めることにした。が、リオンの手がそれを阻んだ。

「(リオン?)」

 首を傾げて尋ねる。

「……すまなかった」

 小さく聞こえた謝罪には目を見開く。

(……………リ、リオンが謝った……??)

 鼻で笑うか馬鹿にするかのどちらかしか見せなかったリオンがしおらしく謝ってきたのだ。驚かないわけがない。

「い、今のもそうだが、腕の傷もだ」

 ぱちくりとが目を瞬かせていると、それだけだ、と言って足早に去っていった。
 はリオンの後姿を見送って、くすりと笑みを浮かべた。

(少しは、打ち解けられたってことだよね)

 扉を閉めて部屋の中に入る。
 ほんの少し、心が楽になった気がした。

「(ありがとう、リオン)」

 音にならない呟きをもらしては微笑んだ。
 あとで、今度は本人に言おうと決めて、は若草色のマントを羽織った。







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2007.09.26