沈黙の歌姫 〜策〜
リオンが城に報告しに行っている間に、は緊張しながらヒューゴの元を訪れた。
こちらの報告担当を任されたから……というのもあったが、なにより“彼”にアピールをかけるいい機会である。
考えているシナリオ通りになるように、は今ここで何をすべきか頭の中で反芻して扉を叩いた。
「おや、早かったね。首尾よく行ったか?」
は頷いて、あらかじめ船の中でリオンが書いていた報告書の写しをそのまま差し出す。
もうが話さないことに慣れたのか、ヒューゴはご苦労、と受けとる。
「ノイシュタットはどうだったね?」
優しく尋ねるヒューゴには紙とペンを胸元から取り出した。
机を使ってよいと仕草で示されたのではありがたく使うことにする。
『(綺麗な町でした。でも、何故、あんなにも差別があるのでしょうか?)』
紙を提示すればヒューゴは僅かながらに目を見開く動作をする。
(ミクトランって役者だねぇ……)
ヒューゴの中で恐らく彼は笑っているだろう。
『(私自身クチナシと言われました。……城でも言われたことはありますが、面と向かって言われたのは初めてで……お恥ずかしながらショックを隠せませんでした。
何故なんでしょうか?ヒューゴ様はどう思われますか?)』
真摯な瞳……のつもりではヒューゴを見つめる。
「……、私は新しい世界を作ろうと思うのだよ」
「(新しい、世界?)」
(よっしゃ!かかった!)
心の中でガッツポーズしながら表面上戸惑いの顔で尋ね返す。
も充分役者である。
「誰も差別をすることも、されることもない世界、貧困もなく、争いもない世界」
遠くを見つめて呟くように言う彼にはドキリとして一瞬本物のヒューゴではないかと疑う。
恋い焦がれるような、苦しそうな、切なそうな表情。
(いや待て私、ときめくな。ヤツはミクトランだって。ヒューゴの皮を被ったラスボスなんだって)
ドキドキと早鐘を打つ心臓にはそっと手を握り締める。
「くん、手伝ってはくれないか?」
に向き直ったヒューゴの目は彼女を貫く。
身体がブルッと震える。
今、試されている。
は確信した。
(そう、決めたんだ。ここでの答えも)
は震える手でペンをとり、机に置いた紙に文字を綴る。
『(何をすれば?)』
その文字にヒューゴの顔が歪んだ気がした。
ぱたん、と丁寧にドアを閉め、はふーーーー、と長いため息をつく。
実に緊迫した雰囲気だった。
思い出したくもないとふるふる頭を振って歩き出す。するとちょうどリオンが帰宅したところに遭遇した。
「(あ、リオン、おかえり!)」
パタパタと手を振りながら小走りでかけよる。
「報告は終わったか?」
開口一番仕事の話かよ、とは心の中で突っ込むがそれ以外をリオンに期待してはいけない。近寄ったときに額にシワを寄せられないだけ進歩している。
彼の問いには首肯で答えた。
それから先ほどより大きく口を開く。
「(お・か・え・り)」
「あぁ」
返事をするだけのリオンにじとーーー、とした視線を向ける。
はぁ、と彼は諦めのため息を吐き出した。
「…………ただいま」
の視線に渋々と彼は言葉を発する。
彼女は満足そうににっこりと満面の笑みを向けた。
「(やった♪リオンの初ただいまゲット〜!)」
「何訳の分からないことを抜かしている」
「(あのね、これからレンズショップに行くの!)」
「脈絡がない。言葉を話せ」
話せ、と言われることが嬉しい。彼はを普通に扱ってくれる。
「(一緒に行かない?)」
「行かん」
即答。
瞬間、の口がむぅっととんがった。
「(ヒドイ〜!ウエストポーチ買う時ついてきてくれたじゃん!)」
「それは貴様が考えなしだからだ!!」
あんなことされては目に悪い。
のだが、はまったく気にした風がない。
どこかズレている彼女の感覚にリオンはため息をつくしかなかった。
これ見よがしにため息をつかれるのにはもう慣れたは「(まぁいいか)」と呟いて、手をひらひら振ってリオンの脇をすり抜けた。
そして数歩歩いて立ち止まる。
重大なことに気づいたのだ。
カツカツとリオンに近づきは口を開いた。
「(リオン!出口どっち!?)」
もちろん、更に深くなったリオンのため息が返って来たのは言うまでもない。
レンズショップの扉を開ける。大分レンズが貯まったので換金をしてもらおうという魂胆だ。それともうひとつ。探し物があった。
まず、はウエストポーチを腰から外した。カウンターに『(換金お願いします)』と紙を提示すると、器が出されたのでポーチを逆さにし、じゃらじゃらと注ぎ込む。
レートの話をされるが、別にレンズハンターをしているわけではないし、そこまでお金に固執しているわけではないので聞き流す。
交換されたお金を受け取り、はポーチの中にしまう。
(今更だけどお財布も買わないとダメかな……)
今までは大した額を持ち歩くわけではなかったし、そのままポーチに突っ込んでいたのだが、段々見栄えも悪くなってきている。
(お買い物、あんまりしたくないんだけどな……)
買い物をするにはいちいち紙に書かなければならないし、口の利けないに対して対応もあまりよくない。
しばらくその場で考えていたが客もそれなりに来ているので、それはまた今度考えることにしよう、と頭を切り替えて目的のものを探す。
ショップの中をうろつき、きょろきょろするがそれらしきものはない。
(ない、のかなぁ……ありそうなもんなんだけど…)
つなぎでショップ店員と話している男を見つけ、はそれが技術屋であることを推測した。目的のものについて聞くのは彼がいいだろうと目星をつけて、話が一段落ついたと思ったところでは彼の袖を引いた。
『(すみません、レンズって装飾品にはならないんですか?)』
突如として目の前に出された紙に男はきょとんとした顔になった。
「はあ?」
『(キラキラ光って綺麗じゃないですか。指輪とかにならないかなって)』
いちいち紙に文字を書いて出すに、彼女が喋れないらしいということを悟ったらしい。
男が頭を掻く。
「探してんのか?」
そう、と言うように首を縦に動かし肯定する。
「ふうん、まあ確かにないな。
理由としてはいくつかある。レンズ自体がエネルギーの塊だから何が起こるかわからねぇ。加工しないでそんなもんを商品にゃできないしな。あとは加工の技術、なんだが……そうだな、おもしれぇ」
ぶつぶつ言い始める男には首を傾げる。何とかをこうすると、いや、だけど何とかがどうで……などに理解不能な様々な専門用語が口から飛び出しているようだった。
「よし、俺が作ってやろう。俺はカルゴ。これでもオベロン社技術者のチーフだ」
意外に偉い人だったらしい。
は胸元から新しい紙を取り出し自分の名前と役職のようなものを書く。
『(私はです。一応客員剣士補佐をしてます)』
「ああ、最近リオン様の部下になったっていう……へぇ、見えないねぇ。っと、失礼しました」
急に変わった敬語には噴出す。
正直敬語を使う、というキャラではない。笑いをこらえながら、自己紹介した紙に付け加えた。
『(敬語じゃなくていいです。その方がカルゴさんなんでしょう?)』
「ほぉ〜、あんた物分かりいいな!俺にも敬語敬称なんてのはいらない。書くの面倒そうだしな」
「(じゃ、よろしく、カルゴ)」
差し出された手を握り返し、握手をする。
「で、どんなのがいいんだ?装飾品っても色々あんだろ。指輪、腕輪、ネックレス、ピアス……は開けてねぇみたいだな。まぁほかにはイヤリングか?」
カルゴに尋ねられ、は右手の平を広げて彼に向ける。
中指を左手でつまんで、中指の指輪がいいことを主張した。
「指輪とはまた難易度が高ぇもん選ぶな。デザインは?」
『(おまかせ)』
「そいつは腕が鳴るな。いくつか案考えといてやるからまた来いや」
破顔して頷いてはレンズショップを後にした。
外に出れば、もう夕方だった。
オレンジ色の日差しが街を照らす。
その不思議な暖かさには立ち止まって街を見回す。
城も、街も、港も、夕日に照らされてほんのり優しい色だった。
「(綺麗……)」
やわらかい黄色がオレンジに変わり、段々と紺に支配されていく。
その様子を見ながら、はヒューゴに言われた言葉を思い出す。
“しばらくはリオンと共に行動しなさい。
彼もまた、私の考えに賛同してくれている仲間だ。
計画は追って知らせよう”
果たして監視されているのか、それとも、彼を監視するのか。
どちらにしても一歩先に進めた。
これはこれから始まる運命のための布石。
「何を呆けている」
「(ふぇ!?)」
聞き覚えのある声に振り向けば、そこには黒髪の少年。俗に王子様ルックと言われる彼の格好を見間違えるわけもない。リオンだ。
「さっさと帰るぞ」
それだけ言って歩き出す。
は慌てて彼の後を追った。
(な、何でリオンがここに?)
疑問はすぐに解決した。
「貴様のことだ、迷子になって帰ってこないんじゃないかと……マリアンが言ったんだぞ、勘違いするなよ」
だが、リオンが迎えに来てくれたことに変わりはない。
耳まで真っ赤なのは後ろから見ても分かり、それは夕日のせいでないことは明らかだった。
はすたたーっと彼を追い抜かし、くるんと彼に向き直る。
「(ありがとう、リオン!)」
ウエストポーチを買ったときと同じ手段では礼を言う。
もちろんリオンはそっぽを向いて鼻を鳴らすだけだが、そんないつもの彼の反応に、は何故か嬉しくなった。
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2007.10.27