夢話-夢小説の間-





沈黙の歌姫 〜祝〜







(さて、どうしようか)

 は市場の中心で腕を組んでいた。
 今日はリオンの誕生日らしい。と、いうことは、これは祝ってやらねば女が廃る。



 ……と、意気込んでみたものの、リオンの欲しいものなど分かるわけがない。
 朝から街中を歩き回り、どさくさに紛れて自身の財布を買うくらい市場を見てはため息をついた。

(リオンの好きなものといえば、マリアン、プリン、モンブラン、稽古?あとシャル?)

 いまいちプレゼントには向かない気がする。マリアン、シャルティエなどはプレゼントのしようがない。辛うじてプリンか、モンブランだが……食べ物はマリアンが手作りしているところをは厨房で発見していた。
 いくら甘いものが好きでもそんなにいっぱいはいらないだろう。

「(カルゴに相談してみようかな)」

 やはり男のことは男に聞くのが一番である。そうと決まれば、はレンズショップに足を向けた。
 いらっしゃいませという声を聞きながらはカウンターに歩み寄る。

『(今日はカルゴ、来ますか?)』

 紙を提示する。

「申し訳ありません。本日カルゴは休日でして……」
『(そうですか。ありがとうございます)』

 お辞儀をしてショップを去る。都合のいいときにいないやつだ。

「(マリアンに相談しようかな……いっそリオンに何がいいか聞こうか?)」

 考えてみる。
 だが、とは空を見上げる。空は青色を潜め始め、茜色に変わるために段々白みを帯びてきている。
 マリアンに相談するため今から屋敷に戻るのは時間のロスだ。リオンに聞くのも同様に。
 結論、自身で探すしかない。

「(あー、うー……実用性があるほうがいいよね。)」

 実用性がなかったら即捨てられてしまいそうだ。せっかくプレゼントするのにそれはむかつく。

(万年筆、ハンカチ、ティッシュ……ティッシュ違ッ……髪留め……は私が殺される。
 でもあの前髪絶対邪魔だって!私だったらアクセサリーとか大好きだけど、男に宝石もなぁ……近くて剣のストラップ?そしたらシャルにプレゼントになっちゃうし)

 と、雑貨屋の前で足を止める。視界に飛び込んできたのはバンクル。シルバーで、シャルティエに刻まれているような模様……ジェルベ模様、と制作者は呼んでいた記憶がある……が刻まれていた。
 端の説明書きには――

『(あなたの大切な人を守ってくれるお守り。タリスマン混在)』

(これだ!!)

 この際、タリスマン混在しててもタリスマンじゃないから防御力上がらねぇよという心の中のツッコミをは無視した。
 大体見た目が完全にシルバーなのにタリスマンが混在されているか疑わしい。とも思うがそれもなかったことにする。
 いっそ、ゲーム上では恐ろしく防御力の低いリオンのことである。ブルータリスマンでも購入すればいいのだろうかとも考えを巡らせ、装備品と言うのも色気がない、しかも今更。との結論を導く。
 というわけで、早速と店に入ることにした。

『(すみません、ウインドウに飾ってあるバンクルください)』

 胸元から紙を出して書き付ければいぶかしげな表情をされる。
 払えないんじゃないかとでも思っているようだった。しかし、客員剣士補佐の名は伊達ではなく、かなり高給である。かつ、日頃貯めているレンズを換金した小遣いも結構な額があったりする。

『(表の値段だと、これで足りると思いますが)』

 ぽんと出てくる大金に目を丸くする店員。正直、は苦笑をもらした。
 は知らない事実ではあるが、最近有名なのである。
 “沈黙の客員剣士補佐”と言う名でダリルシェイド中に噂が流れているのだ。

『(カードつけられますか?)』

 答えがイエスだったのでレジ横の小さいカードも会計にいれてもらい、書き込む。
 きれいにラッピングされたそれを持っては屋敷へ帰った。





 夕食のあと、部屋に置いておいたプレゼントを持って隣の部屋を訪ねる。
 ドアをノックしようとしたそのとき、中から楽しそうな声が聞こえドキッとした。声の主は聞かずともすぐに解った。リオンが楽しそうに会話をするのは一人しかいない。

(なんだ、マリアンと一緒か……)

 せっかくなので邪魔するのも悪い、と思い、は袋に入れてドアノブにかけるだけにしておいた。
 もやもやするものを胸に抱え、は部屋に戻る。
 何をする気にもならずぽふんとベッドに倒れ込んだ。

(うー、なんかすっきりしない〜。
 なんで、こんながっかりしてるんだろ……)

 今日は街を回りまくったせいで疲れているはずなのに、目は冴えていて眠れそうにない。ゴロゴロとベッドの上を転がる。
 どれくらいそうしていたのか、大分して転がるのに飽きて起き上がる。
 そのときちょうどノックがかかった。





 マリアンが帰り、読書をするため書斎にいこうとしたリオンはドアノブにかかっていたものに気付き、隣のドアへと目を向ける。おそらく、こんなことをするのは彼女くらいしかいないだろうと見当をつけた。
 袋に目を戻し、それを持って隣の部屋の戸をノックした。
 ひょこりと出てきたのは。リオンだったことがかなり意外であったらしく、目を見開いている。

「これはお前か?」

 尋ねれば、こくんと縦に動く首。

「僕に?」

 重ねて尋ねれば、再びこくんと首が縦に動く。

「(誕生日おめでとう)」

 にこっと笑ってつむがれた言葉に今度はリオンが驚いた。
 リオンの誕生日を知っていたことと、それを祝ってくれたこと。そのどちらにも驚いた。

「何の、つもりだ?」

 今までマリアン以外で彼に心からの祝福をしたものはいない。リオンは眉を潜めた。

「(友達の誕生日を祝うのには理由が必要?)」

 首を傾げて問い返される。
 言葉が詰まった。
 彼女を友と思ったことはない。ただの部下のはずだった。
 しかし、それでも他の部下よりは使えて、いつもそこにいて、部下の中では一番近しい存在。

「お前……」
「(開けてみた?)」
「いや、まだだが」
「(じゃ、どーぞ!廊下に突っ立ったまんまだと困るし)」

 中に入るように促され、それに従う。
 彼女の部屋はリオンと同様の造りだったが、雰囲気が大分ちがった。
 机や壁に花や絵画が飾られ、さらにカーテンが柔らかな色のせいか、部屋全体が優しく感じた。
 がベッドと椅子を交互に指し首を傾げる。どちらがいいか聞いているようだ。リオンは椅子に座る。
 と、それを確認しては奥に引っ込んだ。そのうちにプレゼントの袋を開封する。
 出てきたのはシルバーバンクルとメッセージカード。
 シルバーバンクルにはシャルティエに刻まれている模様と似たような模様が刻まれている。メッセージカードには見慣れた彼女の字。

『Dear リオン
 お誕生日おめでとう!
 リオンと出会えて感謝してます。
 ……ところで今いくつなの?』

 メッセージを読むと嬉しさと、同時に呆れが沸き起こる。
 ことん、と横に紅茶の入ったティーカップが置かれた。見上げるとが笑いかけてきた。

「……16だ」

 呟けば、小首を傾げられる。
 次いで何の話だか納得したのか、ぽん、と手を打った。

「(ああ、16歳になったのか)」
「お前は……」

 いくつなんだと聞きそうになって口を噤んだ。
 分からないことを、聞くのが何故かはばかられた。

(何故僕がこんな気を使わなきゃならない?)

 不意に胸中に訪れた疑問にリオンは眉をひそめた。
 紛らわすように紅茶を口にする。が、不自然に切った言葉にが首を傾げていた。

「いや、お前は飲まないのか?」

 ひとつだけ出されたティーカップを持ち上げて尋ねる。
 それには苦笑を返した。

「(カップ、ひとつしか置いてないの)」

 と、言うことはこれはのカップであって。

「っ早く言え!」
「(あ、ちゃんと綺麗に洗ったから大丈夫だよ!)」

 慌てたようにが顔の前で手を振る。だが、そういう問題ではない。気恥ずかしさでリオンは顔を真っ赤にする。

「(あんまり美味しくない?)」
「べ、別にそういうわけでは」

 小首を傾げて聞いてくるに首を振る。

(だから、何故僕がこんなにうろたえなきゃならないんだっ)

 広げたプレゼントをまとめて袋に戻し、リオンは立ち上がる。

「邪魔した」
「(またどうぞ)」

 にっこり笑っては入口まで見送る。
 扉から出てリオンは彼女を振り返った。口を開いて、また閉じる。

、その……………」
『坊っちゃん、ファイトです!』

 茶々を入れてくるシャルティエを睨み、意を決してリオンはまた口を開いた。

「………ありがとう」

 言うだけ言って顔を背ける。顔に熱が集まる。
 の顔も見ずに――正確には見れずに、リオンは隣の自分の部屋へと引っ込んだ。
 その場には顔を真っ赤にして立ち尽くすだけが残された。

「(私、リオンのこと……好きに、なっちゃった……かも……)」

 呟いた言葉は誰にも届かず、はメイドが通りかかるまでずっとその状態でいた。







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2007.11.04