沈黙の歌姫 〜始〜
「(盗賊?)」
は首を傾げた。
目の前のリオンは、そうだ、と頷く。次の任務は盗賊の討伐だという。
「ハーメンツに潜伏中という話だ」
ハーメンツ、という単語に、の心臓が大きく高鳴る。
もしかしてという思いと共にリオンに尋ねた。
「(そんなに手強いの?)」
いつもなら兵士だけで片付けてしまえる任務である。
「だから僕たちが刈り出されたんだろう」
そう、とは頷いて黙り込んだ。
ハーメンツに潜伏中の盗賊。リオンが出なければならないくらいの強さ。
“彼ら”しかいない。
(ついにこの時が……)
運命の歯車が回り出した。
「ボサッとするな。行くぞ」
お決まりになった文句を聞いてはすでに歩いているリオンの後を追い、半歩後ろに控える。
今回は数人の兵士もついてきている。
指示が飛ばせないのではやはりリオンについているが、道中不躾な視線が飛んできていることはいつもと変わりなかった。
宿から飛び出してきた盗賊たちの容姿を確認する。
金髪の挙動不振な青年、物語の主人公スタン・エルロン。
黒髪の気が強そうな少女、ルーティ・カトレット。
赤髪の好戦的な女性、マリー・エージェント。
やはり“彼ら”である。間違いない。
彼らはあっという間に兵士たちを蹴散らす。
が横を盗み見れば、案の定リオンの額には青筋が立っていた。
「どけ!」
颯爽と輪の中に入っていく薄紅色のマントをは追う。
「あ、あなたはリオン様ッ!、…様」
若干「様」までの距離が長かったが、はやれやれとリオンの後ろで薙刀を構える。
「チッ。役立たずどもが……」
(聞こえる、聞こえる)
呟いたつもりなのだろうが、の耳にはっきり届くところからして周りの兵士にも届いているだろう。
意図して言っているのかもしれないが。
「おい、まわりで寝ている馬鹿者ども、とっとと起きろ。
やつらは僕らが片付ける」
リオンの指示に先ほどまで地に伏していた兵士たちが起き上がり、周りを囲む。
ルーティは少年の指示に従う兵士たちを変な目で見て、次にこちらをいぶかしげに見る。
「国軍に反抗するばかどもが。大人しくしていれば手荒な真似はしない。
さもなくば……どうなるかわかっているだろう?」
これはリオンなりの一応の警告である。挑発にしか聞こえないが。
「ふーん、たいした自信じゃないか」
「ガキは引っ込んでなさいよ!」
予想通りだったのか、リオンはふっと口の端を上げる。
「警告に従わないと言うならそれでもいい……悪人に人権はない。
実力行使だ!」
すらりと抜き放たれる銀の光。
はリオンの半歩後ろにつく。
「、お前は後方のやつだ」
リオンに頷いて返事に替える。
後方のやつ、つまりはルーティ。
赤髪の女性――マリーがリオンに攻撃を仕掛ける中、は大胆に間を詰めた。
薙刀を手に真っ直ぐルーティに向かって、歩いたのだ。
殺気がに向けば戦闘モードは発動する。攻撃されればこっちのものだ。
「っアイスニードル!」
ルーティの目の前に氷の矢が現れ、に向かって飛ぶ。
それが発動のきっかけになる。
の身体が駆け出す。手にある薙刀が甲高い音を立て、氷の矢をすべて打ち落とした。
「なんですって!?」
『ルーティ、構えなさい!』
驚愕に彩られたルーティに刃が迫る。
が、届く前にキィンと弾かれた。
「ルーティ!無事か!?」
金髪の青年が間にいた。スタンだ。
『馬鹿者!相手から目を離すな!』
薙刀はくるんと向きを変え、彼の持つ剣――ディムロスを跳ねあげる。
そのまま空いた懐に蹴りが入る。
「ぐぁっ」
スタンの身体が浮き、宿の壁まで吹っ飛ばされる。そのまま気を失ったようだ。
彼を沈め、の冷たい黒曜石のような瞳はルーティを捉える。
だが、剣を構えているものの戦意はないようだった。おかげで戦闘モードが解かれる。
は息をついてリオンを振り返る。
彼はマリーを捉えた後だった。
の後ろで無傷のまま剣を構えるのルーティが目に入ると眉を潜めた。
「余所見をするな」
「(この有り様を見たら逃げる気も失せるでしょう?)」
肩をすくめて伝える。
例え後ろから切りかかれようとも身体が勝手に反応するので大した問題ではなかった。
リオンは鼻を鳴らす。
「何を呆けている!さっさと拘束しろ!」
兵士たちに指示を飛ばし、リオンはシャルティエを納めた。
「くそっ……」
縛られたスタンが恨めしげにこちらを睨んでいる。
はリオンの半歩後ろという定位置からそれを眺めていた。
「ふん、驚きだな。貴様らがソーディアンを持っていたとはな」
「そんなの勝手でしょ!」
噛み付くような勢いのルーティには感心する。
(さすがルーティ。生で見てもすごいわ)
「だが、まだまだ未熟だな。その程度の腕ではソーディアンが泣くぞ」
『まったく、坊っちゃんに逆らうからだよ』
『シャルティエか!』
シャルティエの声に続いて先ほども聞いた男性の声が頭に響く。
(この声がディムロスね)
一応声が聞こえないということになっているので、はただぼーっと見ていることにする。
「いったい、どうなってんだよ!シャルティエって何だよ!説明しろよ、ディムロス!」
『シャルティエは古の戦争の時の仲間だ』
「ってことは、向こうも……」
『あぁ、ソーディアン使い、ということのようだな』
「同じソーディアン使いなら見逃してくれたっていいじゃないのよ!」
(どんな理屈!?)
ルーティの言葉に思わずツッコミそうになって彼女を見る。
彼女はリオンを睨みつけていてには気づかないようだった。
『だーめ。だって、僕は坊っちゃんには逆らえないもん』
『その坊っちゃんっていうのは何者なの?』
(おお〜、こっちがアトワイトか)
『リオン坊っちゃんは僕のマスターだよ。セインガルド王国の客員剣士ですっごく偉いんだ。ちなみに横にいるのが。もすっごい強いんだ』
ちかちかとコアクリスタルを光らせ、主人とをべた褒めのシャルティエ。
だが、ソーディアンの声が聞こえないものがこの光景を見ていたら滑稽に違いない。
『セインガルド王国?』
『第一大陸の北方に戦後に建設された王国よ』
ディムロスの疑問にアトワイトが答えていた。
『初耳だな』
『あなたはずっと眠っていたから知らないでしょうけど』
(……あれ、確か恋人同士じゃなかったっけ、この2人)
大分、アトワイトが冷たい気がした。
しかし千年の差というものがあるのだろうと納得する。
再びぼーっとすることに決めたはふとマリーと目が合わさった。
……。
しばらく間が合って、同時ににっこり笑い合った。
「シャル!」
『わかってますよ、坊っちゃん。もう黙ってますってば……』
リオンの一喝には話へ返って来る。
(さて、と。暫くはストーリー通りか)
リオンたちのやり取りを見ながら、はこの後の出来事を頭から呼び起こす。
ずっとリオンを倒す前で止まっていたので序盤の方はあまり覚えていないのだ。
(えっと、)
城へ連行したあと神殿へ、そこでフィリアが仲間になり、また城へ。それから神の眼を追ってカルバレイスとフィッツガルド、アクアヴェイル、ファンダリアと世界中を巡ることになるはずだ。
(よし、流れはちゃんと覚えてる。
あとは行くまでにダンジョンの造りまでいかなくてもトラップくらいは思い出さないと……)
「!」
呼ばれて顔を上げる。どうやら思い起こすのに集中しすぎていたらしい。
ずらずらと兵たちが歩き出す中、リオンがを見ていた。
目がどうしたのか尋ねてきている。
「(ごめんごめん、ボケッとしてた)」
苦笑しながら手を合わせると、彼はふん、と鼻を鳴らして兵たちの後を追った。
『坊っちゃん、心配なら心配と言えばいいじゃ……あだっ!ス、スミマセン』
シャルティエが殴られるのが見えた。
(心配、か…)
はつい先日、名前を教えてくれた日のことを思い出す。
「いつまでそうしているつもりだ」
しばらくしたところからリオンは呆れ顔を見せる。
は小走りで近づくとにこっと笑った。
「(ありがとね、エミリオ)」
「べっ別に僕はなにもしていない!」
「(うん、言いたくなっただけ)」
照れ隠しのようにから顔を反らして早足になる。一瞬見えた顔が赤みを帯びていたようで、はクスッと笑った。
自身も少し速度を早め、いつものように半歩後ろを並んで歩く。
これから始まる物語がどのくらい長くなるか、ゲームと同じ尺度では測れない。だが、この少年は何としてでも守ろうと、は再び自分に誓ったのだった。
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2007.11.27