沈黙の歌姫 〜備〜
一緒に城へ行こうとするにリオンは自室待機を命じた。
おそらく城で向けられる視線を考慮してくれたのであろうが、おかげでは朝から暇を持て余していた。
メイドの仕事を手伝おうにも声をかけることが出来ず、かといって必要ない鍛錬を行う気にはなれず、することと言えば玄関ホールでぼーっとしているだけだった。
見かねたのかレンブラントが書斎を開けてくれた。
「お暇に見受けられましたので」
そう白ヒゲを揺らして笑うレンブラントにはぺこりと頭を下げる。
「お気になさらぬよう。どうぞご自由に」
レンブラントが出て行った後、書斎に残されたはふらふらと本の間を歩く。
(まるで、図書室みたい)
は学校の図書室を思い出す。あまり利用したことはないので雰囲気くらいしか覚えていない。少し前の気もするし、大分昔のことのように思えた。
(あれ?これ……)
見つけた本は古めかしいものだった。
赤い表紙、目立たぬように書かれた赤い字。それには、レンズエネルギーの活用とある。著者は……ハロルド・ベルセリオス。
の脳裏にピンク色の髪と何を考えているかさっぱりな笑顔と「にょほほ〜」などという効果音が響いた。
「(もしかしたら……)」
手にとって開いてみる。
ぱらぱらとめくれば、案の定、そこには晶術を発動させる原理が記載されているようだ。他にもレンズ製品の元になったであろう原理や化学の時間に出てきた記号式のようなものがひたすらに並んでいた。
勉強があまり好きでなかったとしてはなるべくならご遠慮したい本の種類ではある。
しかし。
(……あのカイルに出来るんだから、私だって……)
レンズがあれば晶術が使える。
そうすれば、愛しい人の助けになれるはずだ。
は最後までめくった本を一度閉じ、また始めから開いた。
本の内容は終盤に差し掛かり、ふと人の気配を感じて顔を上げる。
「大分集中していたようだね」
深い深い色の瞳と視線が合った。
ぱちくりと眼を瞬かせ、はそれが誰であるか記憶から引っ張り出すのに時間がかかった。
ガタンッ
「おっと」
驚きすぎて後ろに倒れそうになったを難なく捕まえる。
パクパクと口を動かすを面白そうに見下ろしているのは、間違えようもない。ヒューゴだ。
「大丈夫かな?」
その問いにコクコクとひたすらに首を縦に振りまくるにヒューゴはまた笑みを漏らす。
そっと手を離されて、は我に返る。慌てて礼を取ると手で制された。
「ふふ、面白い本だったのかな」
「(あ、はい)」
ひょいっと驚いた際に投げ捨ててしまった本を拾われる。
ふむ、と本を見て、次にを見るヒューゴの顔に悪寒が走る。
びくりと身体を震わせるとヒューゴは苦笑を見せた。
「ああ、そんなに構えなくていい。怒るわけではない」
(怒るとか怒らないとかそういう次元じゃないんですよ、ミクトランさん)
ヒューゴ、否、ミクトランから発せられる気、のようなものを本能的に感じ取ってしまうのだ。いわば防衛本能のようなものなのでどうしようもない。
あいまいに頷くにヒューゴは本を渡した。
「レンズに興味があるのかな?」
「(はい、綺麗なので……)」
普通に喋り出して、はっとする。ヒューゴには通じないことを思い出したのだ。
胸元から紙を取り出そうとした手をヒューゴが掴んでとめた。
(へ?)
「君の言いたいことはなんとなく分かる」
間近でにっこり笑われる。
不覚にもときめいては顔を赤くする。
「君はレンズに興味があるようだが、私は君に興味があるからね」
(え、え?)
言葉を理解するのに数秒。
「(ええええぇえぇぇええ!?)」
顔を真っ赤に染め上げたの反応にクックと笑ってヒューゴは離れる。
「ふふ、ほんの冗談だ。そんなに驚かないでくれ」
言われてほっと胸を撫で下ろす。
無意識に胸に持っていった手にぬくもりを感じてはわずかに顔を赤らめる。
「気に入ってくれたのなら、いつでも来るといい。
……まあ、当分は任務が入るだろうが」
ヒューゴの意味深な言葉には首を傾げる。
「ああ、任務が入ったのだよ。
リオンと、先日捕まえた罪人のソーディアンマスターたちと共にストレライズ神殿へ向かってくれるか?」
は頷いて答えた。
コンコンとノックが響いてドアが開く。
ドアのほうを見ればリオンを先頭にスタン、マリー、ルーティがいた。視界に入るリオンの顔がかすかにムッとしていたように見えた。
「ヒューゴ様」
「意外に早かったな。まあ、ここではなんだ大広間の方で話すとしよう」
先ほどまでのにこやかなヒューゴはどこへやら、無表情になった彼は大広間へと誘う。
「ああ、も来なさい」
書斎に置いていかれるのだとばかり思っていたは慌てて本をしまい、リオンたちのほうへ近づく。
リオンに一瞬睨まれて、首を傾げた。
「(何?)」
「ふん」
彼は鼻を鳴らしてさっさと歩き出す。
(……今、睨まれた……よね?)
よく分からないままは列の後ろについた。
大広間ではソーディアンの返却が行われ、ヒューゴの激励の後そこを去った。
そして玄関を出ようとしたとき。
「おい、ちょっと待て」
「な、なんだよ?」
「用事を思い出した。暫くここで待っていろ」
「どこ行くんだよ」
「ふん、僕の勝手だろう」
言うだけ言ってリオンは踵を返す。
少し歩き出したところで、振り返った。
「逃げても無駄だからな。、ちゃんと見てろ」
「わ、わかってるよ……」
スタンとが頷いたのを見ると、彼は鼻を鳴らして歩いていった。
は複雑な思いでそれを見送る。
そして、視線に気づき、振り返るとスタン、ルーティ、マリーがこちらを見ていた。
(ああ、そういえば自己紹介してないっけ)
は胸元から紙を取り出し、筆を滑らせる。
『(自己紹介が遅くなってしまってごめんなさい。
私はといいます。
リオンの補佐をしていて、今回の神殿への調査もついていくことになりました。
よろしくお願いします)』
それをスタンに渡せば、彼はそれを復唱する。
「……きみ、喋れないのか?」
スタンの問いを首肯する。
「あんた、大変ね、声も出ないのにあんなのの補佐なんて」
ルーティの同情染みた言葉にはくすっと笑う。
笑った彼女を不思議に思ったのか、ルーティはおかしな顔をする。
『(彼は口パクでも通じるので一緒にいるのが楽なんです)』
その文字を見ると口を尖らせて納得してくれたようだ。
「敬語でいちいち書くのは面倒じゃないか?普通にしてくれていいよ」
スタンの申し出にはにっこり笑った。
「(ありがとう)」
口を大きく開いて感謝を伝える文字をつむぐ。
その笑顔にスタンは顔を真っ赤にした。
首を傾げていると、彼特有のブーツの音が響き、は音の鳴るほうを見た。
「大人しく待っていたようだな。
もっとも、逃げたところですぐに捕まるだけだがな」
リオンはふん、と鼻を鳴らし、腕を組む。
先ほどから発せられる声が不機嫌そうなのは彼らと一緒の任務だからだろうか。
「そんなのわかんないわよ」
「ふん、愚か者が!その頭のティアラは発信器になっているんだ。
どこへ逃げても分かるんだ。馬鹿な考えは起こさない方が身のためだぞ」
ルーティとリオンが睨み合う。
まるで鏡と向かい合っているような錯覚を一瞬覚え、は苦笑した。
(何だかんだ似てるわ。やっぱり姉弟だなー)
そしてほけっとしているマリーと目が合って……にっこり笑いあった。
「の笑顔がかわいいな」
「(あ、ありがとう)」
そんなほのぼのした会話がなされる横で、スタンがリオンに問いかける。
「それより、どこ行ってたんだよ」
「そんなのは僕の勝手だ。答えてやる義務はない!
さあ、出発するぞ!」
カツカツと歩き出すリオンの背中を見て、または苦笑する。
「なぁ、は知らないのか?」
言われてスタンを見る。
知らないか、というのはおそらくリオンの行っていた場所に関してだろう。
知っているが答えるのが面倒であるため、首を振っておいた。
彼は、そっか、と呟くと大して気にした風もなくリオンを追いかけた。いまだ口を尖らすルーティとマリーを見て笑いかけ、追いかけようか、と指差した。
今はまだ、始まりの時。
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2007.11.27