沈黙の歌姫 〜手〜
(こんなんでいいのかなぁ……いいんだろうなぁ……)
青い突き抜けるような空と端々に浮かぶ白い雲。快晴のその中、つい数時間前から日常になろうとしているやりとりには苦笑を禁じえなかった。
「あー、あたし、髪切ろっかなぁ」
「何で?似合ってるじゃん」
「あーもー!じゃああんたが髪切りなさいよ!」
「なんでだよ!?」
「どっちが女か分かったもんじゃないわ!」
「やかましい!静かに歩け!!」
主にスタンとルーティが騒ぎ、リオンが一喝する。が、騒ぎは収まらず電撃が飛び、悲鳴も飛ぶという一連のやりとりである。
マリーはというとふらふらと蝶やウサギを追いかけ、モンスターに気付けば突っ込んで行き、一人戦闘終了を迎えている。
の役目はというと、
「(まあまあ、エミリオ落ち着いて、ね?)」
「ふん」
お騒がせコンビと気の短い上司との仲を取り持つことだったりする。
(機嫌、悪いなぁ……)
ダリルシェイドを出てからずっとこの調子である。には特に思い当たる節はない。
(マリアンさんとゆっくり出来なかったから、かな?)
いつも任務の後は多少の休暇が来る。だが、今回は引き続きの任務でティータイムさえもなかったのだ。もちろん事が急を要するので文句を言う訳にも行かないのだろう。
文句を言っているリオンを見たことはないが。
今までこの旅のように一緒に騒ぐ仲間というものが彼にはなかったのでは良い機会だとは思う。
(心、開いてくれたら良いな)
ゲームの展開では彼は少なからずスタンたちに心を開いていたように思う。今、この時が本当にゲームに則しているかどうかには判断ができないが、スタンならきっと、というよく分からない思いを持っていた。
(スタンだしね)
前の方で騒いでいる金髪の青年を見ては微笑んだ。
旅の出だしは順調である。
ストレイライズ神殿へと続く森の手前、以前訪れたアルメイダの村が見えてきた頃には日が沈みかけていた。
夜に森に入るのは危険行為であると判断し、その日はアルメイダの街に一泊することになった。
夕食を目の前にはそれを睨みつけていた。
彼女の視線の先はサラダの上、飾り付けのごとく君臨しているブロッコリーだ。
(……………何でにんじん入ってないんだろ)
サラダにはレタス、大根、名前も知らぬ山菜、それに認めたくはないブロッコリーが盛られている。見事に緑だらけである。
にんじんでも入っていれば目の前のリオンの更にブロッコリーを追いやり、代わりににんじんを分捕るという物々交換が成立する。だが、交換もしないのに「食べて」などと言えるわけがない。
何故にんじんを入れないのか宿に仔細詳細説明願いたい気分のであった。
「、サラダ食べないのか?」
スタンの言葉に顔を上げて斜め前の彼を真っ直ぐに見る。
「(ブロッコリーのエキスが出てるから無理)」
きっぱりとの口が動いて意志を伝えるが、それが分かるのはやはりリオンひとりである。
「出るか阿呆」
呆れた声が彼から発せられる。
「(いや出る。だから無理)」
「……ちょっと、は何て言ったのよ?」
口パクと突っ込みだけの会話にルーティが入る。
リオンがじろりと彼女を睨む。
「気安く話しかけるな。それに僕はこいつの通訳じゃない」
「かっわいくないわねぇ」
ばちりと視線が絡むが食事中と合ってお互いそこで止めてくれたようである。
がほっと胸を撫で下ろしたとき、リオンの手が伸びてきた。彼の手はのサラダからブロッコリーとその周辺を取って自分の皿へと移動させている。
リオンを見ると顔が少し赤い。
じわりとの中で嬉しさが広がる。
「(ありがとう!
……今度から、私にブロッコリーなくてもエミリオのにんじんとピーマン私が食べるよ)」
「ふん」
長い付き合いでこういうときの彼の態度は肯定だと知っている。リオンの素直ではない反応に、また嬉しくなった。
「ふぅん、あんたら仲良いじゃない」
意味深に口の端をあげるルーティは、その直後電撃によって悲鳴を上げることになった。
――夜。
こっそりとは宿を抜け出す。目的は――夜空。
はこの世界の夜空を見るのが好きだった。
彼女の世界にはない、広い夜空に散りばめられた星たちはずっと見ていても飽きが来ない。さながら宝石のような魅力を持っている。
特にアルメイダのようなの澄んだ空気の中で見る星空は格別だ。
「こんな夜更けに散歩か」
(あれ、この声……)
振り返れば案の定、黒髪の彼が立っていた。
リオンを視界に認めてはふんわり笑う。
「(夜の空を見るのって好きなの)」
そういえば同室のスタンはどうしたのだろうと思い、すぐに、ああ寝たのか、と結論付ける。
(きっと朝まで……昼まで?起きないんだろうなぁ)
その光景が容易に想像できて思わず吹き出す。
リオンがそんな彼女の様子に首を傾げる。に意味を問おうと口を開くが、それよりも前に彼女の口が動いた。
「(エミリオも、散歩?)」
「……………ああ」
返答までの長い沈黙に何かあったのだろうと思う。
だが、は特に詮索しようとはせず、彼の前に進んだ。
「(じゃあ、村を一周するの、ご一緒しない?)」
誘えば、付き合ってやらんこともない、と何とも彼らしいセリフで了承を伝えてくれた。
が前を歩いて、リオンがその後を歩く。いつもとは逆の立ち位置が新鮮だった。
村を半分くらい回ったとき、
「」
呼び止められて振り返る。
(あ、こういうのも新しい)
振り返った先のリオンは視線を彷徨わせていて、は首を傾げる。
(あれ、空耳?いや、呼ばれた、よね?)
「(エミリオ?)」
は数歩歩いてリオンの隣に向かう。悩んでいるのか眉間にしわが寄っている。
(もしかしてブロッコリーちゃんと食えとか?)
首を傾げたまま彼を見ていると、ゆっくりと口が開かれた。
「ヒューゴ様と……何を話していた?」
「(えっ?)」
意外な質問にはリオンを見る。
と目が合った彼は気まずそうに視線を彷徨わせると、「なんでもない」と呟いてうつむいた。
こちらを見ない彼にどう言葉を伝えようか考え、はくいっと彼の袖を引っ張った。案の定リオンは顔を上げる。
「(レンズに興味があるのか、とかそんな話)」
(何か、告白まがいの事言われたけど、あれはただ単にからかわれただけだと思うし……)
思い出すと赤面しそうなのでは無理やりにあのときのことを頭から追いやる。
「(本が気に入ったならいつでも来なさいって言われたよ)」
「そう、か」
納得したのか、リオンの額からしわがなくなる。その顔はどこか安心したようにも見えた。
「(変なエミリオ〜)」
笑顔を見せながらは歩き出す。
右の足で地を蹴って、半回転して左足で着地する。次は逆の足で、また違った足運びで。
若草色のマントがの動きにあわせて翻る。
月の光の下でまるで踊るように歩を進める。
珍しく自分の前を行く彼女に、リオンは目を奪われた。
「っ」
月の光が一瞬影って、同時にが消えそうに見えて。
気付いたらリオンは手を伸ばしての腕を捕まえていた。
はっと振り返った先にはもちろん彼がいたのだが……。
「(エミリオ?)」
彼は先程の安心したような顔とは打って変わって、真剣な表情をしていた。はその瞳の中に不安が宿っているような気がした。
「あ、いや……、なんでも……ない」
すぐにそう言って、そっと腕を放して頭を振る。
リオンの突然の行動には首を傾げ、自分の思いがけない行動にリオン自身も内心動揺していた。
覗き込めば揺れたアメジストと視線がかち合って、反らされる。
プライドの高い少年に大丈夫かと聞けばおそらく返って来る言葉は決まっているだろう。
は先程自分を捕まえた手を取った。
顔を上げた彼ににっこりと笑いかける。
「(そろそろ戻ろっか、明日も早いし)」
リオンの手を引きは宿へと歩き出す。
月明かりが優しく照らすその道を、ゆっくりと歩く。
握った手は暖かかった。
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2008.01.02