夢話-夢小説の間-





恨み恨みて生き遂げ給え





彼の人の隣で刃をふるい続け、疑問に思ったことがある。
徳川家康を仇と言う彼の人は、仇を討ったらどうなるのだろう。
彼の人の隣で刃をふるい続け、気付いてしまったことがある。
仇を討ったら、彼は何を糧に生きることになるのだろう。

「三成様」

血水の飛沫を被る彼の人へ手拭いを差し出す。
乱暴に奪われて、白が赤へと変わりゆく様を見届ける。
踵を返した彼の人は、こちらへ見向きもせずに手拭いを捨て「刑部」と呼んだ。
輿に数珠、神聖そうなそれを禍々しく操る我らが軍師がそれに応えた。

彼の人が捨てた手拭いを拾い、思う。
捨てるものあれば、拾うもの、あり。
それは仏であったか、神であったか。
それは、どちらでもよい些事である。

さて、困ったコマッタ。
軍師殿を真似て口の中で呟く。
仇を討ったら、彼の人はそれこそ生きる目的を失くしてしまう。

それはすなわち、生きながらの死ではないのか。

そう、気付いてしまったのだ。

徳川との戦いに敗れれば、それはすなわち肉体的な死を迎え。
徳川との戦いに勝つれば、それはすなわち精神的な死を迎え。

ならば、彼の人が生きる道はないのだろうか。

彼の人が彼の人らしく生き抜くため、何かできるだろうか。
彼の人の隣で刃をふるい続けるしか、できないのだろうか。
己の頭の悪さがどうにもこうにも、やるせない。

やがて考えをめぐらせた後、一つだけ、思い至る。

いや、しかしこれは。
もっといい方法を、とない頭をいくら捻ったところで出る答えもなし。
だがこのようなこと、軍師殿に相談でもすれば己自身が排除されかねない。

この身に宿り、未だ故意に寝かし続ける婆娑羅の力は、もしやそのためのものなのではとさえ錯覚する。
彼の人の隣を望み、力を隠し、腕のみを磨き上げて這いあがったこの場所。
彼の人のために、手放せと、神は言うのだろうか。

!何をしているさっさと来い!」
「はっ」

彼の人が名を呼ぶ。
初陣からおそばに控え、刃をふるい、幾多の修羅場を駆け抜けた故か、名を覚えて下さった。
軍師殿のような友とは恐れ多い。御用があれば真っ先にお呼び頂ける程度。
なれど、至極恐悦な、この場所。

「貴様、何を考えている」

傍に向かえば寄る眉。
いつも傍に控えていたため、彼の人に合わせすぐに動き出さなかった己を不審に思われたのだろう。
軍師殿でさえ、どうしやった、と輿を揺らす。

「自分も大谷殿や毛利殿のように智も鍛えるべきだったか、と悔いておりました」

さすれば、もっと良き道もとれたやもしれぬというのに。
もっと、もっと前から、こうなる前から、彼の人を助けられたのかもしれないというのに。
答えれば、彼の人はそんなことか、と鼻で笑った。

「貴様は私の露払いさえしていればいい。策は全て刑部に預けてある」
「駆ける三成についていけるものなどそうはおらぬゆえなァ。
 ぬしは重宝しておるのよ、ヒヒッ、われの場所まで奪うてくれるな」

軍師殿も笑う。奪おうと思っても、奪わせようとはさせてくれない知略の持ち主だ。ただの戯言だろう。
勝鬨の中を本陣へ戻られるお二人の後ろに控える。
暮れる夕日、染まる赤。常と変らぬ景色に、空に、祈る。

己のような一介の兵が、貴方様を裏切ることを、どうぞお恨み下さいませ。

恨み恨んで、どうか、貴方様らしく生きて下さいませ。




決戦の地、関ケ原にて、

貴方様の目の前で徳川家康を討つことを心に決めた己を、

どうか、どうか、お恨み下さい。












+++あとがき+++
前後編です。
一気に上げて置いて、前後編です、キリが、悪くて…

※バックブラウザ推奨





2013.11.17