夢話-夢小説の間-





支給と授業






 会社を出たのが22時。珍しく早い。これで早いとか、私の感覚は世間からずれているんだろう。
 帰宅ラッシュに巻き込まれないこととスーパーに安売りシールが常に貼られている状態がメリットと言えばメリットだが。
 それはそうと、通帳残高を久しぶりに確認したらすごい額になっていた。どんだけ社畜なんでしょう。
 お金があっても時間がない。ふふ、最高に幸福で健全な市民じゃないですか。
 現実逃避をしながらスーパーに到着。
 食品はすべて出来合いもしくはカップめんもしくはカロリーメイト。甘いのが食べたいのでロールケーキを突っ込んで。
 あとは頼まれたものをがさがさと入れていく。サイズは分からないけどたぶんMでいいと思う。
 細身っぽかったけど背は高いし、下着が何派か聞いてくるのを忘れたが後日自身で何とかしてもらおう。
 レジの人にぎょっとされたが会計も無事に済んで帰宅。
 さすがに一度では運べないか。二回に分けて運ぶことを決めて、部屋まで行ってドアを開けようとしたら勝手に開いた。

「自動ドア?」

 思わずつぶやいた。そのあとに銀髪がさらりと揺れて、無機嫌そうな顔が現れた。

「あれ、ありがとうございます」

 開けてくれるような親切な人には思えなかったので、あれ、とか言ってしまった。
 ふん、と鼻を鳴らして踵を返す抜刀男に続いて家に入る。

「ついでにこれ、部屋に運んでください。
 衣類が入ってるので」

 運んでくれたかは見届けていないが、再度車から荷物を取ってきたときにはなかったから運んでくれたんだろう。
 麗人か包帯かどっちに言われたか知らないけど刀抜く以外にもできることあるんだな。
 食料を冷蔵庫と貯蓄だなに突っ込んで部屋に顔を出す。

「衣類わかりました?」
「ああ、てれびである程度学習したしね」
「ならよかったです、これこっちの簡単な童謡です」

 ピーターパンと人魚姫、シンデレラ、私の好きな童謡のラインナップである。

「あと書き取り練習用の筆記用具」
「ありがとう」
「……」
「何かおかしなことを言ったかい?」
「いや、お礼の言葉は初めて聞いたので、どういたしまして」

 お礼言えたんですね、なんて言おうかと思ったけど明らかに嫌味のようでやめておいた。
 なんでって、今日も今日とて夜深いこの時間に抜刀男の怒鳴り声を聞く気にならないからだ。

「ああ、そういえば君の名前を聞いていなかったね。
 なんて呼べばいいかな?」
って呼んでください。
 そっちは半兵衛様と刑部さんと三成さん、でしたっけ?問題あれば訂正しますが」
君はいい記憶力をしているね」
「……それはどうも」

 主な情報漏えい先は抜刀男である。
 会話として拾ってはいないが半兵衛様と刑部という単語を連呼してりゃ、そりゃあ名前か、と思うだろ。てか、様づけとか王子様か、偉い人だろうな。なんか気品あふれてるし。
 まぁあまり把握する気ないからいいや。

「服、サイズが合わなかったら勝手に他の買ってください。
 下着は買ってきてないから必要なら買いに行ってください。
 通貨の単位も教えておきましょう」
「君は本当に親切だね」
「買い物行くのにいちいち付き添ってたら私の時間が無駄でしょう。
 お互い益のあるやり取りをしましょ」
「ふふ、君のような女性は見たことがない」
「この世界にはいっぱいいますよ私みたいな雑種はね」

 この人は軽々しくそういう勘違いしそうなセリフを吐かない方がいいと思う。
 きっとモテるんだろうなァ、イケメンリア充爆発しろ。
 心の中で呪いの言葉を吐きながら買ってきたばかりのノートの一ページ目にメモを書きなぐる。
 通貨の絵、数字、読み方を一応ひらがなで。

「数の数え方も教えてくれるかい?」
「ああ、そですね」

 同じ紙面上に1から10、100、1000を書いてペンを渡す。

「ここ、1から10まで、そのあと100,1000って書いてください」
「こちらは横書きなんだね」
「ああ、そです。左上から右下に読みます。
 縦書きもありますけどその時は右上から左下で」
「なるほど」

 麗人が書きつける字はどうやら漢字の崩し文字のようで。
 古い字体も交じっているから通じると言えば通じるけど、汎用的とは言えない。

「読めるのかい?」
「かろうじて。この国で昔使われていた字体に似てますね」
「使えるけれど汎用的ではない、か」
「頭いいですね、その通りです」
「おほめに預かり光栄だよ」

 一応、こっちのでの漢数字と呼ばれる奴も並べて書いておこう。

「皆さんに配給するお金とその価値がどの程度なものかを教えておきます。
 質問は最後でお願いします。
 さて、そちらの世界ではわかりませんが、こちらの世界では一月に一回働き先から給料が出ます。
 そのうちの一部を皆さんが自由に使えるお金として渡します。
 量としては私の給料の約8分の1です。ちなみに約半分は税と住居の家賃、水道光熱費に使われています。
 このノートはみなさんに支給する額の300分の1、ペンも同様です。
 こちらの書物は60分の1といったとこですかね。なんとなく掴めましたか?」

 ふむ、と頷いた二名と、微動だにしない一名。
 抜刀男は分かってなさそうだけど、まぁいいか。

「とはいっても素材によって値段はピンきりですから、早めに数の数え方と読み方を覚えた方がいいですね。
 洗濯機、冷蔵庫、テレビ、ソファなんかは皆さんにお渡しする額より高いので取り扱いに注意してください」

 他には?と尋ねれば、麗人が綺麗な微笑みを向ける。

「やっぱり君は親切だよ、ありがとう」

 効率を取ってるだけなんだけど、もういいや、そう思うならそう思ってもらえれば。
 そうですか、と一つ返す。じゃ、これお金なんで、と三万入った黒い長財布を渡した。

「ところでその買い物をするところは?遠いのかな?」
「……今度、早く帰ってこれたら案内します」








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2014.04.17