徘徊開始
「君のその板は便利だね」
部屋を出ながら麗人に声をかけられた。
板、と称されたのは現代技術の結晶スマートフォン。小さなパソコンと言っても過言ではない。
使い過ぎると電池消費が激しい、パソコンより画面が小さいという欠点さえ除けば非常に便利だ。
これのおかげで先ほどのように知らないことはすぐに調べられるし、見知らぬ土地だって平気で歩ける。
ただし電波があれば。
「スマホのことですか?」
「そう、スマホ、何回かテレビで見たけれど、いろいろとできるんだろう?
ぜひ原理が知りたいな」
「……」
原理を。
スマホの原理を異世界人に、教えろと?現代技術の結晶スマートフォンを?
別に情報漏えいだの世界のバランスだのそういうのを考えているわけではない、もちろん。
そもそもにして、知識の基準が違いそうな彼らにこれが理解できるのか、と言う点において頭を悩ませる。
「何を黙っている」
「どこから説明したらいいかを悩んでいました。
まず、通信、と言う概念が通じますか?」
「つうしん、いや、」
つうしん、の発音が怪しい。何か別の当て字をされたような気がする。これはダメ系だ。
「遠くの人に情報を伝える手段は何がありますか?」
「口伝か文だね、早馬を走らせたり忍を使ったりするけれど」
なにそれカッコイイ。
忍とかいちゃうんですか、分身したり口寄せしたりしちゃうんですか、なにそれすごい。
「ええと、それを人ではなく電波を使って行うと考えて下さい」
「でんぱ…?」
「デスヨネー」
電気なにそれおいしいの、の人に電波が通じるわけがない。
やだもう、なにこれ学校の授業より難しいんじゃないでしょうか。
「…僕らの世界の知識では原理まで理解するのは難しい、ということは分かったよ」
「そのようですね……。ええと、ざっくりと説明すると。
このスマホはあらゆる知識の情報源になっています。
知らない言葉、知らない土地の情報、などなどを世界中からかき集めることが可能です」
「我々が帰る方法もそこに?」
「載ってたらさっさとお帰り願ってますよ。
ついでにそんな方法あるなら世界がめちゃくちゃになってます」
異世界への扉の開け方だなんて、完全厨二じゃねーか。
できたらとっくにやってるわ全日本の健全なる某チャンネル掲示板の住民が特に。
一応ググってみたけど、所詮は眉唾だ。試した人もいたようだけど釣り乙wwwwwで、終了。
大体そこまで親切にしてやる必要ない。
さて、歩いていくのは久しぶりだから道に気をつけなくては。
この間は車で行ったから10分ほどで行けた道のりを歩いて進む。歩きで3,40分と言ったところか。
車だと一方通行を気にしなくちゃいけないけど歩きだと細い道も気にせず入れる分近道が可能だ。
この時間になると24時間スーパーかコンビニしか開いていないので致し方ない。
あ、コンビニも説明しておこうかな。
「コンビニ、わかります?」
家から徒歩5分程度、一番最寄りのコンビニの近くに差し掛かり、聞いてみる。
「ああ、テレビで何度か宣伝を見たよ」
「なるほど。あれがうちにいちばん近いコンビニです。
店舗は小さい方なので品ぞろえは少ないですけど、食料品がないとかせっぱつまったら行く感じです」
帰りに寄って今日のごはんはコンビニ弁当にしようかな。あ、おでんでもいいな。……スーパーでの使用時間で考えよう。
「どうしてせっぱつなったら、なんだい?」
「これから向かうスーパーより割高で品薄だからです」
入金残高が結構あるからと節約しないのは愚の骨頂。
というか、こういう生活を続けていると時々見た残高が高くなっていくことが喜びの一つになっているというか。
前に友人にそう語ったらむなしい人生だな、と憐みの目を向けられたのを思い出した。
「道の両脇に等間隔になっているこれは?」
「電柱です、上を電線が伝っていて各家庭に電気を供給しています。
電線を触ったら死ぬので触ってみてもいいですよ」
今なら外だし、うっかり触ってしまったら救急車呼んで放置してあげよう。
「そこは触らないように、じゃないのかい?」
「人間禁止されるとやってみたくなる心理を逆手に取っただけですよ」
呆れ声の麗人に、触る気失せるでしょ、と笑って見せる。
大通りに出れば車が行き交う。これもテレビで見てただろうし、と同居人たちを見れば、固まっていた。
「……車、テレビに出ませんでした?」
「実物は初めて見るよ、あんなに早いものなんだね」
「刑部の輿、いや、私の足とどちらが早いか…」
それぞれ感想をこばしているけど後半ちょっと理解できないです理解する気もないからスルーするけど。
「広い道で夜だからみんな結構飛ばしますね。跳ねられたら死ぬので跳ねられたかったらどうぞ。
今からこの道を渡りますが」
「ここを渡れというのか!?」
「話は最後まで聞いてください。あそこに赤く光ってる柱がありますよね。
あれは信号っていいます。赤いときは止まれ。青緑の時は進んでよし。って意味です。
一定時間で切り替わり、この規則は歩きでも車でも一緒です。だからほら」
ちょっと待てば青だった車用の信号が黄色から赤になり、車が止まる。
歩行者用が青くなるころにはモーゼの十戒よろしく通れる道になるわけだ。
「ね。ほら行きますよ」
「貴様、今何をした」
「一定時間で切り替わるって言いましたよね話聞いてください」
「あまりに間がよすぎる」
「毎日ここ通ってりゃ嫌でもどんぐらいの時間で切り替わるかわかるんですよ…いいから渡りますよ」
この人マジ相手すんの面倒くさいな!!
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2014.04.21