社畜の休息
帰ってきて、異世界人たちがいて、という生活になって一月ほど。
慣れてきたのか抜刀男の三成さんが抜刀する回数が減り、麗人の半兵衛様からの質問も減り、包帯男の刑部さんが私の発想に感嘆する回数も減った。
私の受け持っている案件の数も落ち着き、土日は自分ひとりで片づけられる程度の仕事量になった。
狸が出張で駆けずり回っているおかげで社内も平和だ、実に喜ばしい。
そのまま出張先でうっかり事故に会って帰ってこなくなれば尚いい、無論現世に、だ。
18時、という今迄からは考え付かないくらいの驚異的な速さで会社を出て家に帰る。
会社の規定によれば定時なのだが。いやそもそもその基準で行くと土日も休みなのだがそれは置いといて。
家の前に立てば扉が開かなかったので、とんがり頭の三成さんは外に出ているんだろう。
自分で開けて中に入った。
「ただいまーっす」
入ったすぐそこ、キッチンで包丁を握っている麗人、という不思議な光景に思わずドアを開けたままの姿勢で固まった。
向こうも向こうでこの時間に私が帰ってくるとは思ってもみなかったらしい、目を丸くしてこちらを見ていた。
「どうしたんだい、なにかあったのかい?」
「早く帰ってこれそうだったので早く帰ってきたのですが」
声かかかってようやく動き出す。
料理、するんだ。様付されてたから偉い人なのかと思っていたけど、趣味なのかな。
靴を脱いでキッチンに近づく。
「夕飯の支度ですか」
「ああ、時間に余裕ができて手持無沙汰でね」
手元を覗けば綺麗に切られた野菜たち。…私よりも包丁使いは上手いと見た。
横に料理本が置かれているから文字も読めるようになったのだろう。というかいつ買ってきたんだろう料理本とか野菜とか。
「文字もう覚えたんですね、さすが賢者」
「ふふ、世辞を言っても何も出ないよ」
「ああ、全然、何か要求したわけではないので。
あ、私今日は外食してきますね」
私の分はないだろうし、久しぶりに飲みに繰り出すのもいいだろう。
大丈夫、飲み過ぎても次のクローンがきっと上手くやるでしょう。
というか
「……、いつも外食だったわ」
思い出したように呟けばくすくすと笑われた。
「気を付けて行ってくるんだよ」
「はーい」
なんだか、遠く離れたところにいる実家の母を思い出した。
リビングともいえない部屋に顔を出せば、刑部さんが定位置のソファで人魚姫を読んでいたなにこれシュール。
「オカエリ、今日は早う戻ったなァ」
「ただいま」
こちらも見ずに言ってきたのでわずかに驚きながらも返事をした。
「よ」
「ん?」
ぱたりと絵本を閉じて月のような瞳がこちらを見る。
「われは人の不幸な話が読みたい」
「…どんなジャンルそれ」
ついでに何の告白だ。ものっそ真面目に言われたぞ。
ジャンルについて首を傾げられたので、種類と同じ意味だと答えればふむ、と頷かれた。
というか不幸な話の詰め合わせってそれ誰得なの。小さな幸せの話が詰まった本なら書店で見かけたけど、不幸はあったかなぁ。
「ま、今日は時間があるから探してきてあげるよ。
恋愛もの?ミステリーもの?ファンタジーもの?」
「そうよなァ、ぬしの本棚にあったそれのようなものが良い」
それ、と指差されたが、指差されただけじゃわからん、と言おうとして、開いた口はそのままになった。
ふわり、本が一冊浮いた。……浮いたのだ。大事なことなので二回言いました。
ふわふわと空中を漂ったそれはぼすん、とテーブルの上に乗っかった。
映画にもなった、サスペンス小説だ。いや、だがしかし、
「やれ、何を呆けておる」
「すっげーーー!?刑部さんすごい何今のすごい!!
異世界の魔法使いすごい!!」
興奮した私に刑部さんが引いたのがわかった。失礼な。
「……われは、足が不便ゆえ、な」
「足が不便ならみんなそれ使えるの?
そういうわけじゃないでしょ絶対刑部さんだけでしょすげぇ!!」
すごいすごい、と連呼すれば、いい加減にしろとティッシュ箱が飛んできた。すごい。
科学的に証明できたら私も使えるだろうか。そしたらあの狸なんて後ろから証拠もなくぬっ殺せるよ、やだ、素敵、覚えたい。
「とんと、ワカラヌ娘よな」
「あれ、つーか刑部さんも文字読めるようになったの?
マジ異世界人ハイスペックだな」
話を聞けば、本棚の本は全部読破したらしい。なんて恐ろしいんだまだ一か月だぞ。
「ああ、ぬしとは読み聞かせの契約があったなァ」
ぐりん、と刑部さんを見やる。
忘 れ て い た ! !
そうでした、そういう契約で彼らを置いたのでした。
自分から言い出すとはなんというサービス精神。
不幸が好き、という変わった趣味の持ち主だが十二分にいい人ではないか。
「今日!今日聞きたい!あとで!さっさと飯食って本探して帰ってくるから!」
「あいあい、わかったわかった、ならば早に行きやれ」
例えそのサービス精神が、不幸話を早く読みたいがための刑部さんの策略だろうと、やっぱりいい人はいい人なんだと思うのですよ。
ぱたぱたと出かけて、出かけた先の本屋の店員に、なんかこう不幸っぽい話のサスペンス小説ないですか、と真顔で聞いて店員を悩ませるまであと少し。
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2014.05.06