夢話-夢小説の間-





続:社畜の休息






 結果的に言うと、不幸話は結構あった。いや、結構というか、かなりあってどうしよう、というくらいあった。
 店員さんありすぎて悩んでたんだねゴメンナサイ。
 人の好みはそれぞれとはよく言うが、案外世の中に刑部さんと似た人種は多いのかもしれない。
 とりあえず、不幸話の短編集と、長編のサスペンス物を二冊程度見繕って迷惑をかけた店員さんに精算してもらった。

「あれ、主任?」

 本屋を出た途端、声をかけられたのでぐるりと視線をめぐらす。
 その先には先月職場を辞めていった元部下がいた。

「あっれー、久しぶり、生きてた?」

 へらりと片手を上げて笑えば向こうは苦笑を返してくる。

「そりゃこっちのセリフですよ、体壊してません?」
「してないしてない、元気に社畜してる」
「それもどうなんですか…」

 ケラケラと雑談していれば、彼の向こうに見慣れた顔……というか見慣れた前髪が見えた。
 向こうも私がわかったのか、無表情から眉間にしわを寄せていくまでの工程を確認することができた。相変わらず失礼な男である。
 手に袋を持っているところを見ると、お使いに行かされたのかもしれない。……お店の人、睨まれただろうなァ、可哀想に。
 まぁだからといってどうこうするわけでもない、適当に笑いかけて視線を元部下に移した。

「どうしました?」
「知り合いが向こうにいたから」
「え、新しい彼氏かなにかですか?」

 ぴしり、自分の表情が固まるのがわかる。
 数か月前の出来事が走馬灯のようによみがえり、

「死ねクソ虫」

 うっかり暴言を吐いていた。
 まぁあの職場の暴言に慣れている人なら、別段引くほどでもないだろう。
 横を通り過ぎた親子連れがぎょっとして逃げるように去ったとしても、気にしない。

「やめて主任、俺のガラスのハートが!
 にしても、ほんっとそういう話ダメになりましたよねー」

 案の定けろりとして、会話を進めてくるあたり、こいつも元気になったものだ。
 辞める前後なんて死人のような面していたくせに。

「人の話聞く分には好きだよ。そっちどうなの?」
「あ、先日入籍しました」
「てめーこの野郎電話しろとは言わないがメール一本入れろ」
「入れましたよ!会社のメール宛に!」
「なん……だ、と?」
「業務外ってタイトル入れたんで、仕分けされたんじゃないっすか」

 その可能性は大いにあり得る。
 メールは重要度が高いものから処理していくし、業務外とついていたら一週間放置もざらだ。

「ちょいまて、次にいつ会えるかわからんし、お祝いあげよう」

 折角だ。コンビニで悪いけれど、お金をおろしてご祝儀袋も買ってその場で詰めて渡した。
 礼節なってない気もするが、次にいつ会えるかもわからない。書留なんて送る暇があの職場にあるわけがない。
 彼もそれを分かっているんだろう、早く転職した方がいいですよ、というアドバイスとともに申し訳なさそうに受け取ってくれた。
 ご飯をその辺のファーストフード店で済ませて真っ直ぐ帰宅するころには20時になっていた。それでも健康的な時間である。

「ただいまーっす」

 本日二回目のただいまに、おかえり、の二重奏が届いた。
 当然ながら半兵衛様と刑部さんだ。
 夕飯は済んだのか、すでにテーブルの上は綺麗になっていて、思い思いに食後のひと時を過ごしているようだ。
 三成さんはまた不在のようだが、聞いてみたところ先日届いた木刀を携えて近所の公園で鍛錬をしているらしい。

「うっかり暴行罪になったりしてたらウケる」
「今のところはないようだよ」

 あらそれは残念。
 短気な三成さんのこと、あのへんな前髪をヤンキーたちにからかわれてフルボッコ、なんてしていそうだったのに。もちろんされる側ではなくする側だ。あの身体能力なら不良が10人くらい束になったところで適うまい。

「刑部さん、買ってきたよ。意外といっぱいあるもんだね」
「ヒヒッ、人の不幸は蜜の味、よ」
「でもその前に読み聞かせプリーズ」
「おぉ、そうであったなァ。さて、どれにしやるか」
「人魚姫、隣しつれーい」

 ぽふ、と隣に座ればびっくりされた。
 え、何かびっくりするところあったっけ。

「……ぬし、われは業を患っておると言ったはずだが」
「ごう?」

 ごう、ごう、と口の中で呟いて2,3週間前のことを思いだす。あの透明人間発言の時に聞いたような気がする。

「呪いの話?」
「然り、まァ、呪いと言うよりは病よ、病。このように醜くただれる、なァ」

 ぺらり、と包帯をめくり、ただれた皮膚が顔をのぞかせる。
 が、ちょっと待ってそれ、呪いじゃ、ないの?
 ごうびょうって呪いじゃなくって病気なの?ごう、と、びょうで別れる代物だったの?
 触れたら一発アウト的な、そういうんじゃ、ないの?
 ほら、あったじゃん、触っただけで熱病から石化にいたる病を発症する某RPGの凶悪ウイルス。
 あれはフィクションだけど、そんなこと言ったら今フィクションみたいな体験をノンフィクションしているわけで。
 ああいうのじゃないってことだよね。皮膚病?ってこと?アレルギー的な?

「つまり、別に、刑部さんに触れても私が即刻呪われるわけじゃない、ってこと?
 もしかしたら病気移るかもねーってこと?
 あ、そう言えば半兵衛様も三成さんも普通に接してたっぽいもんね、遠慮して損したわ」

 なんだぁ、と息を吐き出す。
 数秒の沈黙の後、ぶは、と半兵衛様が吹き出した。

「え、なんでですか」
「ふ、くくく、あはははは!、く、きみ、あははははは!!」
「ちょ、ちょっと、半兵衛様笑い過ぎじゃないですかー」

 ただ私の中で得体がしれないけどなんか触ったらヤバそうな呪い、から、治りづらい皮膚の病っぽい、っていう認識に変わっただけの反応なんだけど。
 そりゃ抗体持ってなきゃヤバいかもしれないけど、なんか長い間患ってそうな物言いだから即死でもなさそうだし。
 ピクリともしない刑部さんに、もしもーし、と手を振る。なんか数週間前にもこんなことあったような。

「ぬしは、」

 あ、再起動した。

「阿呆か」

 暴言を吐かれた。

「え、ねぇなんでそうなるの?
 あらゆる可能性を加味した上で冷静に分析した結果と言ってほしいんですけど?」

 むしろ得体の知らない呪いを相手にするにしては思慮深いと褒められてもいいと思う。
 ちなみに半兵衛様はまだ笑ってます、いい加減笑い止め。美形がひーひー言うんじゃありません。

「はははは、げほっ、僕は、ふふふ、三成君を、回収してくるよっ」

 片腹押さえながら半兵衛様は退出されました。
 何度かドアの外で激しく咳き込んでいたけど大丈夫かあの人。不審者で捕まらないといいな。
 半兵衛様の笑い声が無くなると室内がしんとした。

「業病とは、不治の病のことを言う」

 半兵衛様ごめん帰ってきて、空気が一気に重たくなった。

「前世の悪行が祟り醜き姿となるのよ」

 以下、沈黙。
 なんだ、これは何をどう答えろと言うんだ。お悔みでも述べてほしいのか。そういうのを求める性格ではなさそうだが。
 それを聞いた感想でも求められているのだろうか、いや、だからどうした、どうでもいいんだけど、と思った私は薄情なのだろう知っている。
 ぶっちゃっげた話それがどうしたというのだ。……よし、わからん。
 もー、刑部さんは三成さんのように物事をはっきり言えばいいと思うよ。

「……で、えーっと、それは分かったけど、人魚姫読んでくれるだよね?」

 結論として、私は刑部さんについてはノーコメントとすることにし、自分の要望を通すことにした。
 顔を覗き込む。白黒反転した瞳が揺れ動いた。
 何かを言おうとしたのかもごもごと口元が動いたが、やがて、

「……あい、わかったわかった、そう急くな」

 ゆるゆるとしたため息と共に呆れた声がこぼれた。








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2014.05.06