社畜の横の魔法使い
なにゆえこうなった。
賢人殿が、帰られたのち、われらを見て再度吹き出した。
常ならば、三成がそれを心配するのだが、三成自身、われらを見て呆けておる。
それもそのはず。
われの隣には先ほどまで人魚姫なる物語を聞いていた女が、われの肩に頭を預け、健やかな息を立てながら睡眠を貪っているからに他ならない。
業病だと言ったはずだ。だというのに、この女は恐れるでもなく即死の呪いじゃなかったのかと安堵した。
業病の意味も伝えたはずだ。だというのに、この女はそれがどうしたのだ、と言わんばかりに物語を強請った。
これはわれの知る人と違う。人はわれを避け、見下し、嘲り、虐げる。これがこちらの世界とやらの人だというのか。
ワカラヌ、解らぬなァ。
人魚姫なる物語を無機質に読み上げてやれば、こくりこくりと漕がれる船。やれ、と声をかけた次にはこの体勢。
おかしなおかしな娘よ。
ほんに、なにゆえこうなったのやら。
「…刑部、なんだ、これは」
「…われが、聞きたいわ」
笑い転げる半兵衛様などついぞ見たこともなし。
何度も声をかけても女は起きもしない。
揺すろうと手を伸ばしかけたことが幾度あったか。
その度触れることに戸惑う己の心に幾度と惑ったことか。
無言で三成が歩み寄り、木刀を振りかぶった。
止める間もなく、ゴン、とも、ガン、とも言えぬ音を立て、三成の手にしていた木刀が女の頭に直撃した。
やれ、三成、そのような力加減ではそのまま死ぬぞ。
肩から外れた頭がわれの太ももへと落ちる。……これでは、肩から膝に場所が移っただけではないか。
「……みつなりよ」
「……許せ、刑部」
半眼で見上げれば、三成にしては申し訳なさそうに呟いた。
「きみ、きみたち、何してるんだふふ、ふふふふ」
「半兵衛様、お気を確かに…!」
僕を窒息死させる気かい、と未だ笑い続ける賢人殿へ三成が気をかける。そのとき。
「……いたい」
かすかな声と共に、女が呻く。
「やれ、起きよったか」
「―――?」
何事か――人の名か?――を呟いた女は寝ぼけ眼をこちらへ向けた。
声が、普段聞くより柔らかい音でその反応に後れを取る。
ぱちり、と瞬いた瞳は、急速に覚醒をしていき、
「……違った、そうだ、うん、思い出した刑部さん」
と、自分に言い聞かせるように紡がれた。
それからわれの膝に突っ伏すという現状に首を傾げ、頭を撫でつけながら起き上がる。
「ごめ、寝ちゃった、いい声過ぎて。
ふぁ、ああ、おふたりともおかえりなさい」
「ああ、ただいま。…、どうしたんだい、頭を押さえて」
ぷるぷると震えながら、賢人殿が尋ねた。やれ、あのお方も意地が悪い。
「んー頭痛いっす。寝すぎですかね、久しぶりによく寝たので」
あの一撃を、寝すぎで済ます、とな。
ぶは、とそこでまた吹きだした。今度はわれも共に。
三成のバツの悪そうな顔と、よく状況を理解しきれぬ女と、笑いの止まらぬ賢人とわれ。
ヒィヒィと息をつき咳き込む頃には刑部さんも笑い過ぎ、と呆れた声と優しい手つきでわれの背を撫でる女がいた。
これは何だ。
痒い。
カユイほどに暖かい。
否、ヌルい。
慣れぬ、落ち着かぬ。
不快、いや、違う、心地よい。
愉快よ、ユカイ。
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2014.05.06