夢話-夢小説の間-





不幸話、みっつ






 さて、今の状況を説明する日本語はたくさんある。
 二度あることは三度ある。
 泣きっ面に蜂。
 七転八倒。
 嫌なことは重なるものである。
 昨日の話から今朝の話、通常通りの苛烈業務を終えての帰り道。
 マンションの前までやってきて、久しぶりに光物の登場です。
 今回は残念ながら三成さんではありません。いや、残念ながらってなんだ、と自分に突っ込み。

「お前を殺して俺も死ぬ」

 正体は朝の電話の主でした。やっぱりクズはクズでした。

「えー、」

 ないわー。なにそれないわー。ドラマの見過ぎなんですけどー。
 いや、別に生きることに執着しているわけではないんだけど、そういう勝手な感情に巻き込まないでほしい。
 心残りを考えて、一番初めに浮かんだのが同居人たち。
 んー、半兵衛様たち、もう生き抜いていける程度の知識はあるだろうし、まぁいっか。
 親は、うーん、うち兄弟いるからまぁいっか。
 友達は、私一人しか友達いないとかそういう子いないし、まぁいっか。
 会社、私がいなくなって仕事が回らなくなったらザマァww
 うん、大丈夫だわこれ。

「俺は生きてく価値ないんだろ?一緒にさ、死んでくれよ」

 心中って、大抵仕掛ける方は死にきれなくて自首ってのが多いよね。
 あーあ、死に損かぁ。
 切れ味悪いんだろうな、三成さんの刀に比べて。
 あれだったら痛みなく死ねたかもしれないのに。
 いったいんだろうなぁ。
 ふと、自分手を見たら、震えていた。

「ばっかばかし」

 いつ死んでもいいとか言いながら、死にそうになると震える体。
 ほんと、ばかばかしい。なにもかも、全部が全部。

「うわぁああああああああ!!」

 向かってくる男にため息ひとつ。
 明日の朝のニューステロップは決まりだ。
 随分と悠長なことを考える。
 その時、風が吹いた。

 ガキン

 鳴るはずもない金属音。
 いるはずもない背中。
 どうして。

「ヒッ」
「斬滅してくれる…」

 押し殺したような声は三成さんのものだ。
 チャキ、と聞き慣れた鍔鳴りがする。いや聞き慣れたってのもどうよ。

「ヒィッ」

 情けない声を上げながら、男は帰って行った。窮鼠猫を噛みませんでした、まじクズである。
 すかさず追いかけようとした三成さんの服の裾を掴む。
 手は、もう震えていなかった。

「なぜ止める!!」
「いや、殺す気満々ぽく見えたのでつい」
「当然だ!!」

 いや、なんでやねん。そしてうるさいです。耳痛い。

「三成さん音量抑えて今深夜」
「あれは貴様に刃を向けた!死を持って償わせるべきだ!」
「え、なんで私、三成さんの中でそんなにランクアップしてんの、ねぇ?
 っていうかまじ音量ダウンプリーズ」

 どうどう、と宥めると三成さんは男が去った暗がりをぎろりと睨みつけ、おとなしくうちへと足を向けてくれた。
 三成さんを伴って戻れば、半兵衛様が家の扉の前で待機していた。
 いつも柔和な表情を浮かべているのに、今日に限っては氷のようだ。
 普段おとなしい人ほど怒らせてはいけない法則はどの世界でも通じるようです。

「三成君、取り逃がしたのかい?」
「申し訳ございません」

 冷たい声の半兵衛様に、瞬時に跪き頭を垂れる三成さん。
 二人そろって殺す気満々すぎるんですけど…、なんなのそっちの世界、そんなに物騒なの怖いわ。

「あの、できればそういうのも家の中でやっていただけますかね」

 何か言いたそうな半兵衛様の目線を感じたものの、おとなしく従ってくれたのでよしとする。
 家の中に入れば入ったでじろりと刑部さんが私を睨んできた。いやだからなんでだよ。
 はぁ、とため息をついて、

「はい、思いの丈をどうぞ」

 促せば、三人同時に口を開いた。

「なぜ私を止めた」
「ぬしは阿呆か?叫べばこの部屋にくらい届くであろ」
「君って子は危機感がなさすぎる。ああいうのは追いかけてでも息の根を止めないと」

 一気に話せとは言ってねぇよ?私聖徳太子じゃないから。
 一応聞き取れたからいいけどさ。
 ええっと、まず上から順に処理をすると。

「三成さんを止めたのは、三成さんが人を斬るのを私が見たくなかっただけです。
 あんなクズを斬るのに三成さんの刀を使ったらもったいないです。
 ついでに殺人罪になると警察機関での捜査が大掛かりになって白を切り通せるかもわからないし、後々面倒なのが目に見えてますので止めました」
「…」
「で、次に叫ばなかった理由ですけど、特にないです」
「待ちやれ」
「待ちません。で、危機感は持つ必要を感じないので大丈夫です」
「待ちたまえ」
「待ちません。で、最後なんだっけ…追いかけて息の根を止める?
 そんなもんに掛ける時間はありません。
 はい、おしまい」

 これで終わり、とばかりに手を叩いて立ち上がる。
 さてお風呂入ろう、と歩き出そうとすれば、がっと乱暴に肩を掴まれた。

「なんでしょ」

 ぎろり、と三成さん睨まれるけど、同居を開始して結構経った今、あんたは何回私のことを睨んだと思ってるんだ。
 もうあんまり怖くない、どころかこれが標準の顔と認識するようになった。半兵衛様に向けるような顔をすればかわいいものを。

「貴様、私が駆けつけなければどうなっていたと思っている」
「ああ、そうだ、三成さん助けてくれてありがとう、つかよく気付きましたね」

 刑部さんじゃないが叫んでもいないのに、あ、叫んだか、相手が。
 返答が気に食わなかったのか、む、と顔をしかめられた。

「礼を要求したわけではない。問いに答えろ」
「ええと、駆けつけてなかったら、死んでたか重症負ってたか、ですかね。
 明日の朝一のニュース速報には載ってたんじゃないですか?」
「なぜそうも簡単に命を投げ出す」
「痛いっす、肩痛いっす、三成さん砕ける」

 助けられた命が砕けそうです、いやまじで。
 つか、なんでそんなに怒ってるんだろう。訳が分からないよ。

「答えろ」
「そんなこと言われてもなァ…、なぜって、うーん」

 うーむ。参ったな、こういう話はあまり好かれないからしないんだが。

「…逆に、大切にするものですか?」

 何故と言われても、困る。それが私の価値観だから。
 こういう考えは親や友人各位にもやめろと言われているんだけど、どうも変わらないんだよなァ。

「私の命って、そんな大切にするもんでしょうか」

 私の代わりならいくらでもいる。
 私がいなくなることで社会が動かなくなるわけではない。会社は動かなくなるかもしれないけど。
 私の人間関係の範囲が大なり小なり悲しみに暮れるかもしれないが、時間とともに解決するだろう。
 しなくたって、その内その人自身が死ぬわけなのだから、悲しみも終わる。
 代用品でさえ探そうと思えば探せる。自分にとっての唯一など、簡単に変わりゆくのが人間だ。少なくとも今の私自身が誰かにとって掛け替えのない人間であるわけがない。
 まぁ不必要に悲しませたいわけじゃないから自殺をするつもりはないけれど。
 そういう理論が私の中にあるわけなので、別にいつ死んでもいいかな、というのが持論である。

「心配してくれるのは嬉しいし、ありがたいですけど…。
 そんなにムキになるほど大層なものじゃないですよ」

 いつの間にか力が緩んでいた肩の手をそっと外す。
 長い前髪が三成さんの表情を隠しているので何を考えているかは読めないけど、読む必要はないだろう。
 ただの同居人である彼らが気に掛ける問題ではないのだ。
 大体初日に光物向けてきたのはそっちじゃなかったっけか。
 若干重苦しい空気を醸す部屋を後にして風呂場に入った。
 シャワーを受ける左肩が痛くてよく見れば三成さんに掴みかかられたところにくっきり手形がついていた。
 どんな握力ですかあの人。








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2014.05.13