不幸話、裏側の剣士
いつもが帰ってくるであろう時間帯に、殺気を感じた。
こちらへ来てからは感じたこともなかったそれに顔を上げれば、半兵衛様、刑部と共に視線が合う。
ここは私が。
そう意を込めて頷き、刀を手に取り玄関の鉄扉の前に控える。
取っ手に手をかけ、わずかに扉が開いた瞬間、男の雄叫び。
そのまま扉を開け放ち声をした方を見る。廊下の真下。
いるのはこれからまさに切りかかろうとしている男と、立ち尽くす女。女の方はだ。
「チッ」
そのまま廊下から飛び降りて駆ける。
間に合うか、いや、間に合わせる。
地を蹴り間に滑り込み、鞘に納まったままの刀で攻撃を防いだ。
「ヒッ」
私に驚いた男が悲鳴を上げる。一目でわかる、こいつは弱い。相手にもならん。
しかし、これを狙ったのなら話は別だ。
「斬滅してくれる…」
刀に手をかけ、鍔を押し上げる。
それだけで腰を抜かしながら逃げていくが、誰が逃亡を許可した。
追いかけようと足に力をいれた瞬間、ぐいと服の裾を引かれた。
服の袖を掴むのは、他でもないだ。
「なぜ止める!!」
「いや、殺す気満々ぽく見えたのでつい」
「当然だ!!」
「三成さん音量抑えて今深夜」
「あれは貴様に刃を向けた!死を持って償わせるべきだ!」
「え、なんで私、三成さんの中でそんなにランクアップしてんの、ねぇ。
っていうかまじ音量ダウンプリーズ」
私を諌めるこいつの気がしれない。
命を狙われたというのにこの軽さはなんだ、腹立たしい。
暗闇に目を凝らせば車に乗り込む男を捕えた。次会ったときは容赦しない。
私をなだめるに渋々と部屋に戻り、問い詰めれば心底不思議そうな顔で、
「私の命って、そんな大切にするもんでしょうか」
そう言い放った。
こいつは、一体何を言っている。
困惑した顔で告げられた言葉を理解できなかった。
同時に何かで殴られたような衝撃を受けた。
「心配してくれるのは嬉しいし、ありがたいですけど…。
そんなにムキになるほど大層なものじゃないですよ」
こいつは嘘をつかない。一度たりとも、ついたことはない。欺いたりもしない。
これを、今、本気で言っているのだ。
何故だ。
戦場で切り続けてきた相手は泣いて許しを請うてくる。先程の男も命惜しさに逃げ出した。
誰もが己の命は惜しいものだと思っていた。私とて秀吉様の御為、易々と命を取られるような真似はしない。
それを、あの女は。
静かに外された手を見下ろす。
温もりが残るままに握りしめた。
コレが無くなる。
考えるだけでぞっとする。何かが抜け落ちる。これはなんだ。
……わからない。だが、不愉快だ。
簡単に投げ捨てられて、諦められて、いいものではない。
「自分のようなものはどこにでもいる、彼女はそう言っていたけれど」
「あのような考えをするのがこちらの世界の人間なのか…はたまたアレが特殊か」
半兵衛様と刑部の声が耳に届く。
男との間に入る直前、確かに見た。震えるあれの手を。
死に怯える癖に大層なものではない、だと?なぜ鼻から諦める。ふざけるな。
「……認めない」
「三成?」
「私は、あれが己を粗末にするのを認めない」
そう、認めない。許さない。許可しない。断じてだ。
握りしめた拳に力を込めた。
ふっと空気が揺らぐ気配がした。
「じゃあ三成君、君には彼女の護衛の任を言い渡そう」
「半兵衛様」
「彼女自身が粗末にするなら、僕らが大切にして思い知らしめよう。
女一人、制圧できないなんて豊臣の名が廃るだろう?」
「はっ」
さすが半兵衛様。
傅く私を二人が普段見せないような目で見ていることなど、無論知る由もない。
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2014.05.15