帰る道
「三成さん、どうして護衛、なんてことになったの?
つーか、誰が言いだしっぺなんですか、それ」
なんとなく半兵衛様か刑部さんだろう。
命の危機なら叫べとか、追いかけて息の根止めろとか、物騒なことを言っていたのはあの二人だ。
「半兵衛様だ」
むぅ、やっぱり。
まァ彼らからしてみれば貴重な金銭源であるのだから相応の対応なのかもしれない。
なんといっても出会いがしらに刃物を向けてくる危ない人たちなのだから。
けど、駅から家までそんなに危ない道のりではないんだけどな。
一応女ひとりで住むにあたって大通りから一本入った程度の場所に居を構えたし。…などと説明しても分かってもらえないだろう。
「貴様の」
「ん?」
歩きながらこちらへちらりと視線を寄越した。
「…己を鑑みない思考が不愉快だ」
「……はい?」
いきなりと、文句を言われた。
「心身を削り己が役を果たすのは一向に構わん。
だが、易々と死を受け入れることは…認可しない。
どのような死の淵であろうと足掻け」
「え、やですよそんな面倒くさい」
「、貴様…!」
お説教のつもりなのかもしれないが、それは価値観の否定と言わないか?
異世界人との間に共有できる価値観自体、そうないのかもしれないけど。
「足掻いたところで自分の上限くらい知ってます」
「ならば求めろ!」
「力を?そんな鍛える時間なんてないですよ」
なにそれ、どんな厨二。もう三成さんってば素で厨二なんだから。
呆れた私へ、三成さんの呆れた顔が返された。
「何を言っている、私を求めろ」
「……はい?」
いや、あんたが何を言っている。
思わず立ち止まってじっと見つめる。
その気配がわかったのか、彼も立ち止まって睨んできた。
私を求めろ、つまり、それは。
「助けに、来てくれるんですか、呼んだら」
「そうだ、さっさと歩を進めろ!」
怒鳴りつけて、彼は歩き出す。でも私の足は止まったままだった。
助けて、と、私が伸ばした手は掬われたことがなかった。
タイミングが悪くて、と考えれば仕方がないことだろうけど。
助けを求めた相手自身が忙しかったり、自分のことでいっぱいいっぱいだったり。
お前なら何とかできるよ、と。お前なら大丈夫だ、と。
信頼や、励ましのつもりだろうが、それは私を失望させるには十分だった。
助けてほしかった、話を聞いてほしかった、全然大丈夫なんかじゃなかった。
何とかするけど、しなくちゃいけないけど、何とかできるけど、できたけど。それでも。
「おい、さっさと…」
少し行って振り返る三成さん。
異世界の人は、裏切らないんだろうか。
いや、勝手に助けてもらえると思って手を伸ばしたのが間違いで、裏切りとかは勝手な私の言い分なんだけど、助けると豪語してくれている人に手を伸ばすのは、あり、なのか。
そうは言っても口だけだろう、と、考えるけれどそう思いきれないのは、三成さんが相手だからだろうか。
半兵衛様も刑部さんも、助けてと言ったら助けてくれそうだと、そう思えるのは、彼らが異世界人だから、だろうか。それとも。
「…どうした、」
「あ、いや」
いつ引き返してきたのか、目の前に三成さんが現れた。
…あれ、いつの間にこの人私の名前呼ぶようになったんだろう。最近ナチュラルに呼ばれている気がする。ようやく覚えたか?
あらぬ方向へ思考を飛ばしていれば怪訝な顔をして顔を覗かれた。
「あー、いや、なんか、説得力があって」
「?」
「ええ、と、その、…ありがとう」
思わず、ふい、と視線をそらしてしまった。
この年になって、照れるだなんて…思ってもみなかった出来事だ。
「…歯切れの悪い貴様は気味が悪い」
私を鼻で笑うと、三成さんはまた歩き出した。
今度は私も後ろを追いかける。
異世界人たちがハイスペックすぎて、本当に、困る。
ああ、そうか、今ならあのセリフがぴったりだ。
「こんな時、どんな顔をすればいいかわからないの、…か」
大して返答は期待もせずに呟いた。
デスマーチで振り切ったテンションに身を任せて同僚に言った以来の、某有名アニメのヒロインのセリフだ。あの時は笑ってる暇があったら手を動かせ状態だったのだが、なんだかおかしくなってきて、くつくつと笑うと、しかめっ面の三成さんがこちらを見た。
「…その締まりのないへらへらした顔でもしておけ」
笑えばいいと思うよ、とあの主人公はのたまったけれど、大体同じような意味のセリフを三成さんが吐いた。
「………ぶはっ」
「なっ」
「ちょっと、三成さん反則…!!!」
止まらない笑いに口と腹を押さえる。
へらへらした顔でもしておけって、もうなんだそれ、ウケる。
深夜だと言うのにげらげらと、久しぶりに大笑いをした。
「静まれ!漆黒ではわめくなと言ったのは貴様だろう!」
「鎮まれ…!?三成さんそれなんてアシ○カ…!!!」
「くっ、そんなに私を怒らせたいか…!!」
三成さんマジ二次元!腹捩れるわ!!
笑い続ける私が三成さんの鉄拳制裁によって沈黙するまでもう少し。
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2014.05.21