文明の利器1_携帯
先日の宣言通り、昼間の内に業務の隙を見て新しく携帯の契約を結んだその日の夜。
「へぇ、これが携帯か、ガラケー?随分と軽いね」
ガラケーとか言えてる時点で半兵衛様のなじみっぷりぱねぇ。
さすが一番に文字を習得して、レシピを読み解き、家電周りを制圧して日々異世界人たちのご飯を作っているだけある。異世界の人は恂応力が半端ない。
「簡単携帯にしました。安いし」
「通信料はどちら持ちになるんだい?」
なにもう、半兵衛様くらいなら一人で生きていけるよ。
だが、あの銀髪と不幸好きはだめだ。常識的に考えて。何やらかすかわかったもんじゃない。
「口座から落ちるんで、気にしないでいいです。
ただし本体分は次の支給から差し引きで。
電話とメールが使えるだけでインターネットはつなげません。
これ明細と説明書と契約内容なので興味あれば読んでください」
かんたん携帯、とでかでか書かれた説明書と、こまごまとした字がつづられた契約書を刑部さんの座るソファに投げおいた。さっそくと刑部さんが説明書を眺め始めた。
携帯は半兵衛様の手から三成さんの元へと渡り、半兵衛様は契約書を手に取っている。
何が心配って、三成さんの握力が半端ないことが心配だ。
うっかりばきっとやって本体壊さないだろうか。壊しそうである。本体分にかかったお金はともかく、再度買いにいかねければならなくなる手間の方が困る。
「これで貴様と連絡が取れるというのか」
「そう。ちょっと練習してみましょうか。
私の番号とアドレスは既に登録してあるので」
手元のスマホから電話を掛ける。
いきなり鳴り出した携帯にびくりと肩を揺らす三成さん。自動ドアや車にビビっていた頃を思い出す。いろいろなじんでいるように見えて、機械類は苦手なのかもしれない。
「ッ、どうすればいい」
「通話ボタンを…。
えっとまず開いて、下半分、左上の緑色、それ押して」
指示を出せば忠実に従うのだが、もうちょっとソフトに扱ってくれないものだろうか。開くときに逆側に折れそうな勢いだったんですけど初日からやめてください。
もたつきながらも通話ボタンを押した様子を確認する。
「これでいいのか」
「で、はい、耳に当てる」
私がスマホを構えたのを見て、同じようにガラケーを構える。
よかった、ちゃんと上下あってる。これで逆だったら私吹いてた。
「『はい正解』」
「声が二重に聞こえるぞ」
「そらそうよ。通話ボタンの右側の赤いボタンで通話終了ね」
ふむ、と頷きながら操作を行う三成さん。
長身のいい年した男が両手で携帯電話をもってちまちまと。
見慣れてくると可愛いと思えなくもない。
「メールも送るわ」
ショートメールでいいか。
何を送ろうか迷って、結局顔文字の一番最初に出てきた奴だけ貼り付けて送信。
音声着信とは別の音楽が流れたことに三成さんは感心したようだ。
「違う音が鳴るのか」
「うん、気に入ったのがあったら勝手に変えていいよ」
「そうか、これは?」
「新着メールって来たら真ん中の丸いボタン。
それですぐ開くから」
さてさて、異世界人に「m9(^Д^)」は通じるでしょうか。
画面を見た瞬間の三成さんの顔が怖い。あ、間違えたこの人いつも顔怖いわ。
携帯を縦にしたり横にしたりしているところを見るに、意味が分からなかったのだろう。
「…なんだこの記号は」
「ぷぎゃー」
「は?」
「うん、真顔止めて、ごめん悪かった」
なんかすごく悪いことした気分になる。
契約書に目を通し終えた半兵衛様が覗き込んで吹き出していた。なんでわかるの半兵衛様!
三成さんは半兵衛様の反応を見て意味を知りたがっていたが、まぁぷぎゃーだよ、とさわやかに言った半兵衛様に今度は私が吹き出してしまう羽目になった。
ぷぎゃーだよって、半兵衛様、マジ半兵衛様…!
「…こちらからその、つうわ、とやらをするにはどうすればいい」
「別にそっちから連絡することないと思うけど…。
まぁその辺は説明書を解読するであろう刑部さんに聞いて」
「刑部!」
「まだ解読中よ、まちと待て」
刑部さん、一応目次あるんだけど、一ページ目からきちんと見るなんて律儀というか、神経質というかお茶目というか天然というか。まぁいいや、連絡くるようになってもウザったいし。解読頑張れ。
「とりあえず三成さん、帰る時間はメールするんでずっと待ってなくていいから」
「わかった」
同居を始めてから初ではないだろうか、彼が素直にうなずくのは。
新鮮な気持ちを抱きながら、カロリーメイトの袋を破った。
直後、君、と半兵衛様の呆れた咎め声が聞こえたのを聞こえなかったことにした。
カロリーメイトは主食です。
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2014.05.28